その後、パンジーが帰ってきた。
どうやらマフラーや手袋を置きにきたようだ。
パンジーに連れられ、大広間に向かう。
その道中も他の学校の生徒の話で持ちきりのようだ。
「聞いた話だと、ボーバトン校にヴィーラの血を引いた人がいるらしいわ」
「へえ…美人なんだろうね」
ヴィーラといえば、ワールドカップで見たあの女性達のことだ。
男たちを虜にする美しい女性…その血を引いているのであれば、さぞ綺麗なことだろう。
学校に通っていられるということは、一応本物のヴィーラほど効力は出ないのだろうが。
なまえは他人事のように(実際他人事だ)返事をした。
パンジーはその返事にむっとしたのか、矢次に言葉を続ける。
「もう!みんな彼女の虜になっちゃうかもしれないでしょ!」
「でも、彼女に選ばれるのは1人だけよ…彼女が常識的ならね」
「不安じゃないの?ティゴリーとか!」
「…いや、別に」
パンジーはドラコが持っていかれないかと気が気でないのだろう。
なまえはセドリックに対してそういった感情を持ち合わせていないため、大して気にはしていない。
ジョークまで交えて笑い話程度にしか受け取っていない。
なまえから言わせて見れば、彼女に対して虜になったとしてもそれは恋愛ではない。
見た目とオーラだけで好きになった相手とそううまくいくわけがないし、相手も常識的ならばそんな男の相手などしないだろう。
それに、そういった能力を持っているのだから、男のあしらい方はうまいに違いない。
なまえはそう推測していた。
「そもそも、彼女の母親がヴィーラなのか、それとも祖母とか曾祖母か…それによって効力の強さも変わってくるし、一概にどうとは言えないでしょ。落ち着いたら?」
「…まあそうなんだけどね!でも、心配は心配だもの…」
乙女の姿になっているパンジーを何とか落ち着かせようと話をしているうちに、大広間についた。
すでに大広間には多くの人が集まっていて、なまえやパンジーは少々遅れをとっていたらしい。
先に来ていたドラコやザビニ、ノットが席を多めに取っておいてくれたので助かった。
パンジーは見るからにドラコを見たり大広間を見渡したりと落ち着きがない。
ドラコはそれを不思議そうに見ていたが、飽きたのか先輩と話し始めた。
「…なあ、パーキンソンはどうしちまったんだ?プレーリードッグでも中に入ってんのか?」
「まさか。ボーバトン校にヴィーラの血を引いた美人さんがいるらしくて」
「ははーん…なるほど。大変だなぁ」
なまえの隣に座っていたザビニが小声でそう聞いてきたので、簡潔に答えた。
ザビニは理由を聞いてニヤニヤと嫌な笑いを浮かべ、ノットはそれを戒めるようにザビニを睨んだ。
「にしても、ヴィーラか…確かにやられそうな奴もいるよな」
「…グリフィンドールとか、血の気が多いから」
珍しくノットが具体的な例を出してきた。
なまえはふっとグリフィンドールのテーブルのほうを見る。
興奮したグリフィンドール生の中には椅子の上に立ち上がるもの、悪戯グッズを暴発させているものなど大騒ぎだ。
元々大広間はさわいでもいい場所なので問題はないが限度と言うものもある。
子供っぽい上に単純なものが多いグリフィンドールだからこそ、ヴィーラの魅力にやられておかしくなる人が出てきそうだ。
「セオドール、ブレーズ、なまえ…」
「なまえ!ねえほら凄いわ!」
3人で暢気に話をしていると唐突にドラコとパンジーに同時に声をかけられた。
辺りが騒がしい、なんだろうとあたりを見渡すと大柄な濃い顔の男性がザビニとドラコを挟んだ向こう側に座っていた。
吃驚して後ずさりして、ノットにぶつかってしまった。
「あ、ごめん…」
「大丈夫…?」
「うん、吃驚しただけ…」
ノットの緑の双眸は興味なさ気に彼らを見据えていた。
ザビニが、ビクトール・クラムか…とぽつりと呟いたのをなまえは聞いていた。
どうやらいつの間にかダームストラングの生徒が大広間に入ってきていたらしい。
入ったはいいもののどこに行けばよいのか分からず、うろうろしていたのをドラコが捕まえてきたようだ。
なるほど、何故ドラコが6席も席をとっていたのかようやく分かった。
座っている状態でも、なまえは彼らの胸辺りまでしか背丈がない。
見下ろされる形でこちらを見られるのは非常に居心地が悪かった。
「初めまして、ビクトール・クラムです」
「は、はじめまして…なまえ・みょうじです」
ぼうっと彼らを見上げていると、太く濃い眉の男と目が合ってしまった。
びっくりして目を逸らそうと思ったが、向こうが自己紹介を始めたのでなまえも仕方なくそれに倣った。
上から降ってくる言葉にびくつきながら何とか自己紹介を済ませて、なまえはそそくさと膝の上に目線を落とした。
元々人は苦手だし、ここまで体格差があると怖い。
女子生徒もがっちりとした体つきで背が高く、ミリセントよりもひとまわり大きい。
なまえが怯えているのに気づいたザビニがうまくクラムの興味をドラコに向けるよう、話題をクディッチの話に変えた。
その作戦は功を奏し、クラムがドラコと話し出したのでなまえはほっとしていた。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう」
「いやいや、そりゃ怖いよなあ、なまえの1.5倍くらいあるし」
ザビニが苦笑しながらなまえにフォローを入れた。
なまえよりも少し大きいパンジーは彼らに臆することなく話しているが、彼女はお喋りで社交的な性格であるため当たり前といえば当たり前だ、比べるほうが間違っている。
その後、教職員が全員集まると簡単な挨拶があった。
ダンブルドアのいつもよりもずっと短い挨拶ののち、テーブルには夕食が並んだ。
夕食の中にはいつもは出てこないような民族料理のようなものもあった。
「これ…どんなものが入ってるの?」
「さあ?食べてれば?」
「投げやり…ブレーズが食べろ」
「まじ…?いや、それはちょっと」
なまえの目の前に合ったのは、白いスープだった。
恐らくブルガリアの料理なのだろうが、如何せん白い。
スープらしいが少しすっぱい香りがして、怖い。
ザビニが投げやりになまえに返答したのを聞いたノットが珍しく好戦的に言い返した。
なまえの前からスープを押し付けられたザビニも困惑顔である。
「それは、タラトル。ヨーグルトスープだ…ちょっと癖のある味だからやめたほうがいい。食べるならカヴァルマのほうが食べやすい」
にゅっと隣から出てきたのはクラムだった。
丁寧に料理の紹介をしてくれた上に、どれが食べやすい味かを教えてくれた。
郷土料理を馬鹿にしたような行為をしていたにもかかわらず、それを気にすることなく優しかった。
なまえは驚いたように彼を見上げ、慌ててお礼を言う。
相変わらずの仏頂面だが悪い人ではないようだ。
「ありがとう、食べてみます」
差し出されたカヴァルマと呼ばれた料理を一口食べてみた。
肉や野菜をトマトで煮込んだもので、上にチーズが乗っていて美味しかった。
ザビニはタラトルを食べて案外気に入ったらしく飲み干していた。
「なまえ、ねえ、あれ」
「…え?」
「あれだよ、ヴィーラの血が入ってるって言う子」
1人黙々と料理を食べていたノットが、なまえに声をかけた。
食事中は口数が少ない(元々少ないがもっと少なくなる)ノットが声をかけてきたのでなまえは驚いて彼を見た。
ノットはその真意には気づかず、ただレイブンクローのテーブルの真ん中あたりを指差していた。
そこにはボーバトンの女子生徒が座っていた。
艶やかなシルバーブロンドを腰の辺りまで靡かせ、目はここからでも見えるほど大きな青。
恐らく、パンジーが噂していた子だろうことはすぐに分かった。
その子の周りの男は、ぼうっと彼女を見ていた。
「ほんとだ…綺麗だね」
「ね。でもそこまでってわけじゃない」
ノットは非常に冷静で、彼女に対して特に何も思っていないように見えた。
なまえもノットの言うことは最もだなと思った。
彼女は恐らくクォーターかそこらだろう、本物のヴィーラとの反応の差から考えても。
男たちの中にも興味を示さないものはいるし、興味を示す男も精々緊張して顔を真っ赤にしている程度。
美少女と言うには相応しい…つまりは人の範疇内ということだ。