54.反吐がでるわ
ムーディーの授業は凄まじかった。
昼食を摂ろうとしない生徒が出てくるほどのものだった。

「…気分が悪いわ。あんなもの見せられて」
「そうね」

なまえはいつも通り、パンにハムとレタス、トマトを挟んだサンドイッチを作りそれを頬張っていた。
隣のパンジーは食欲がないのか、コンソメスープをかき回し続けている。
ザビニは食べてはいるものの、いつもよりは少なく、ドラコとノットは食器に手をつけることはなかった。

「なまえ、お前よく食えるな…案外図太い」
「まあ…あんまり現実味がないの。こっちの戦争を知らないから」
「ああ、そっか。なまえはそうだな」

ザビニがいつも通りに食事をしているなまえに半ば呆れた視線を向ける。
なまえはザビニをちらりとみたが、その後すぐにコンソメスープに口をつけた。
ノットやパンジー、ドラコはそのなまえを見ているだけだ。

「許されざる呪文は見たくないし、使いたくないよ。…本当に使わなくちゃいけないときが来るまでは」

ノットのその言葉はずっしりと重く、曇天を思い起こさせた。
ドラコやパンジーはその言葉に同意するように軽く頷いた。
その言葉には、使いたくはないがいつかは使わなくてはいけないときが来ると予言していた。


ムーディーの授業では生きたクモを使って、許されざる3つの呪文を実際に使って見せるというものだった。
ブラックジョークを掛け合わせた授業だったが、親がそれを使ったことがあることを知る生徒もいる中、酷く重い雰囲気を漂わせていた。
何より、ムーディー自身、そういった生徒がいることを承知してわざわざ相手の傷をより深く抉ろうとしているような様子さえ伺わせた。
精神的に追い詰めるようなそんな授業だったとなまえは感じた。
生徒たちの心には響いただろう。

しかし、忘れてはいけない。
彼らの親が本当にその呪文を使いたくて使ったのかどうか、である。
恐らく、ムーディーにとっては敵の心情など知ったことではないし、戦場ではそのようなことを考える猶予はない。
しかし、子どもは親の心理をよく知っている。
何度も尋問に掛けられた親を持つ子もいるし、過去の記憶に苦しめられている親を見たことがある子もいるだろう。
教場であるここで、子供達の心理状況をわざわざ悪くする必要性はない。
だというのに、ムーディーはわざわざ責めるように嫌みったらしく呪いの話をした。

「ねえ、ムーディー先生ってスリザリンじゃないよね?」
「まさか!スリザリンから闇払いなんて出ないわよ!」
「だよね」

話し方ややり方はスリザリンの気質を備えているといえる。
しかし、パンジーのいうことも確かである。
はてどういうことだろうとなまえは首をかしげた。

なまえが食事を終えても、スリザリンのテーブルはクディッチの試合で負けたときのように落ち込んだ影を落としていたので嫌になって図書室に向かった。
ムーディーについて調べてようと思い立ってきたのだが、先客がいた。
まだ宿題も出ていないというのに図書室にいるということは、相当な変わり者だ。

「あら…あなた、みょうじね」
「こんにちは、グレンジャー。相変わらずみたいね」

図書室にいたのはグリフィンドールのグレンジャーだった。
昨年に敵視されてからあまり話すこともないが、なまえは別段彼女に対して特別な感情を抱いているわけでもないので挨拶程度のことはきちんとする。
それ以上話しかけられなければ話しかけないし、話しかけられたら返事くらいはする。
そのくらいの関係だ。

しかし、今日のグレンジャーは変に興奮しているようだった。
分厚い本を抱きしめて頬を高揚させ、こちらをきらきらした眼で見ているのだ。
なんとなく嫌な予感がして、挨拶だけで済まそうと思ったのだがそうはいかなかった。

「ねえ、みょうじ。あなたは奴隷労働についてどう思う?」
「奴隷労働?どうも思わないわ、身近じゃないもの。スリザリン内でも私は一般家庭の出だから」
「でも奴隷労働はよくないと思うでしょう?」

突然奴隷労働について聞かれても常日頃からそんなことを気にしているわけではないので困る。
善い、悪いで言えばまあ、悪いのだろうとは思うが、まるで誘導尋問されているかのようで嫌な言い方だった。

「そうね」
「そうでしょう!?それと同じことをホグワーツでもしているのよ!」
「はぁ…?」
「ホグワーツには屋敷僕妖精がたくさんいるのよ?あれは列記とした奴隷労働だわ!」

ピアスの中でリドルが腹を抱えて笑っているような気がした。
なまえは呆れてものが言えない。
グレンジャーは全く本気。

なまえはなんと返事をしようか迷っていたが、先走ったグレンジャーが結論を突きつけてきた。

「だから、この僕妖精福祉振興協会SPEWに入って欲しいの」

新手の宗教団体かといいたくなるような熱意のこもりよう。
スリザリンであるなまえに出すらこのようなことを言ってくるのだから、彼女は至極真面目なのだろう。
そもそも、スリザリン生には家に屋敷僕妖精がいるということが結構ある。
なまえもそれなりに裕福な家においては僕妖精がいて、彼らが家事の手伝いをしているということをよく知っていた。
そして、それがなんら問題なくずっと続いていることも。

きらきらとした眼でこちらを見てくるが、たまったものじゃない。

「…悪いけど、断るわ。私、僕妖精たちに仕事をやめられたら困るし。何より、妖精たちは自分達の仕事に誇りを持っているみたいだし、それを無理に強制するのはどうかと思うけど」

なまえはクリスマスやハロウィンのたびに僕妖精に手伝ってもらってお菓子を作ったりしているため、彼らのことについてはそれなりに理解がある。
彼らは人の役に立つことをとにかく喜ぶ。
ありがとう、と声をかけるだけで痛く喜ぶ純粋な生き物だ。
欲に塗れない素直で道徳的な生き物。

彼ら自身が権利を求めて立ち上がったのなら、その手伝いをするのは嫌じゃない。
問題はグレンジャーが勝手に彼らの権利を彼らの手にさせようとしてることだ。
きっと、妖精たちはそれを喜ばない。

「でもお賃金も休みもないのよ!?そんなの仕事って言える?」
「彼らにとってそれは仕事じゃないと思うけど。生きがいみたいなものなんじゃない?やることに意味意があって、誰かに喜んでもらうことに喜びを得てると思うの。だから無理に権利を持たせる必要はないわ。彼ら頭もいいし魔法使いよりもよっぽど強いもの、嫌になったら自分達で出て行くわよ」

グレンジャーは自分の物差しを無理矢理押し当てているに過ぎない。
人間の常識と僕妖精たちの常識は全く違っていて、その物差しでは計りえないということに気づいていない。
だからこのようなことをしているんだろうな、となまえは冷静に考えた。
考えて、こんなくだらない話に付き合いたくないと思った。

「とにかく、私は興味ないわ。じゃあ」

なまえは逃げるように本棚のほうへと逃げた。


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