50.無垢なロンド
なまえとパンジーは借りた傘に入って、馬車に向かった。
2人はのんびり歩いていたが、他の生徒の殆どが2人の後から走って抜き去って言ったためなまえたちは最後のほうになってしまった。

馬車に付くと、何名かが馬車を待っていた。
乗り場ともいえないただの広場に屋根は無い。
傘をさしている人もちらほら見えるが、刺していない人のほうが圧倒的に多い。
セドリックがその中の1人になっていないことを祈りつつ、なまえは馬車を待った。

「お、なまえ、パンジー。久しぶりだな」
「あら…ザビニ、ノット。久しぶりね」

傘を持ったザビニとノットがなまえたちに気づいて近寄ってきた。
ザビニよりも少し背の低いノットが相変わらずなまえの瞳をじっと見ていたが、これが彼なりのあいさつだと分かっているなまえは少し苦笑しつつ、久しぶりと声をかけた。
ノットもそれにあいさつを返して、パンジーの持っている傘に自分の傘をくっつけなまえのスペースを増やしてくれた。

なまえはお礼を言いつつ、ノットとパンジーの傘の間に身体を置いた。

「にしても、酷い雨だよな。今年の1年生は悲惨だな」
「この雨じゃ湖も増水してる」
「きっと私達よりもずぶ濡れね…風邪を引きそう。屋敷僕に言って、暖炉の火を強くしてもらったほうがよさそうね…ところで、ドラコは?」

3人は新入生の心配をしていた。
なまえはただ雨の様子を眺めていた、新入生にあまり興味はない。

パンジーはこの場にいないドラコの心配をしていた。
ノットとザビニが顔をちょっと合わせて、ザビニが口を開く。

「見てないな、列車までは一緒だったんだけど」

ノットはそれに同意するようにこくりと1つ頷いた。
恐らく先に行っているのであろうと話しを結論付けたところで、馬車の順番が回ってきた。
離している間は、傘を持っていない生徒が自然と先に乗っていったために、どうやら最後のほうらしい。
場所乗り場にくる生徒の姿はもうあまり見えない。

馬車は相変わらず黒いセストラルが2頭ついていた。
蹄でぬかるんだ地面を蹴って、穴を掘っている。
優しい黄金の瞳をじっと見つめると、地面を蹴っていた足を止めてこちらを見つめ返した。

「…なまえも見えてるんだ」
「ノットも?」
「うん。これが見える人はそんなにいないけど」

傘を差していたノットが少し驚いたようにぽつりと溢した。
なまえはゆっくりと彼を見た、彼もまたセストラルをじっと見ている。
何を考えているのか分からない濃い青の瞳は闇に紛れて黒になっていた。

セストラルが見えるということが何を意味しているのかはお互いに分かっていた。

「ちょっと、なまえ、ノット。何してるの?早く乗りなさいよ」
「ああ」

馬車の窓からパンジーがそう呼びかけると、ノットはゆっくりと馬車のほうに向かって歩き出した。
なまえもそれに続いて馬車に乗り込んだ。
ノットは手馴れているのかなまえに雨水1つ落とさないようにエスコートしていた。
先に乗り込んでいたパンジーとザビニがにやにやと笑い、茶化すのをBGMに馬車は学校へ向かった。


「やだ、何よ。外だけじゃなくてここでも雨が降ったのかしら?」

学校について早々、パンジーが嫌みったらしくそう言い放った。
無理もない、エントランスは水浸しでフィルチがせっせとモップ掛けをしている状況が目の前にあるのだから。
見かねたザビニが杖を振って歩く道を乾かしながら進み、3人はそれに続いた。

「そうだ、暖炉に火を入れてもらうの頼まないとな。俺、言ってくるから席取っといてくれ」
「分かった」

大広間に着く少し前にザビニはそういって、僕妖精がいる厨房へと向かった。
パンジー、ノット、なまえの3人は大広間に向かった。

大広間の扉を開けると、じめっとした空気が流れ出てきて、パンジーが容赦なく眉根を顰めた。
大広間にはずぶ濡れの生徒が多々見受けられ、湿っぽい空気が充満していて、快適とは言いがたい。

「…なにこれ酷いわね。ここ、動物園か何か?」
「動物園って…外は雨だし、エントランスでも何かあったみたいだし、仕方ないよ」

なまえがフォローを入れるが、滅多に感情を表情に出さないノットが明らかに不機嫌なのを見て口を噤んだ。
ノットは環境が悪いことに嫌悪を感じるタイプなので、イライラしているのだろう。
早くザビニかドラコに受け渡したいものだと思っていると、ドラコが席から迎えに着てくれた。

「ああ、遅かったな」
「ハァイ、ドラコ!席取っておいてくれたの?ありがとう!」
「久しぶり、ドラコ。席ありがとう」

きちんと4席分を取っていてくれていたドラコにお礼を言って、パンジーの隣に座った。
パンジーはドラコの隣に、ノットはドラコの目の前に座り、その隣がザビニの予定のようだ。
ノットは変わらず不機嫌そうだったが、ドラコが少しフォローを入れると(といってもすぐに終わるから我慢しろといった程度だが)いつもの無表情に戻った。
寮分けが終わるころには大広間の湿気にも慣れてしまい、気にならなくなった。

ダンブルドアがお馴染みの一言芸を言いうと、テーブルの上にはたくさんのご馳走が並んだ。
そこまでお腹がすいているわけでもないなまえは、近くにあるものをちょっとずつ皿に取り分けた。

「おお、何だちゃんと食事はあるんだな」
「どういう意味だ?」

皿に取り分け終えたころに、厨房に行っていたザビニが戻ってきた。
ノットの隣に座り、辺りのご馳走を見て感心したようにそう言う。
ドラコがその言葉を疑問に思ったのか聞きなおした。

「いや、厨房はひでぇもんだったよ。どうもピーブズが暴れまわったらしくて僕妖精は怯えっぱなしで後片付けに終われてた」
「ああ…あれはエントランスで叱られたらしいからな。腹癒せだろう」
「あら、エントランスでも何かやらかしたの?」
「ピーブズが水風船を投げていたらしい。だからずぶ濡れなんだ」

なまえは黙々と食事を取りながらその話に耳を傾けた。
今年の新入生は本当に災難だっただろう、入学初日から雨にさらされてボートに乗り、ようやく屋内に入り風雨をしのげると思ったらピーブズからの水風船歓迎。
自分達の年にそういったことがなくてよかったと心からそう思った。

その後は夏休みの話題で盛り上がった。
ザビニはノットを誘って中東アジアでバカンスをしていたようで、楽しそうに砂漠の話をしていた。
イギリスにも日本にも砂漠は存在しないため、なまえもその話は楽しめた、少なくともパンジーのバカンスの話よりかは。

デザートに糖蜜パイや蒸しプディングを食べて、なまえはご機嫌だった。
頬を少し赤く染めて小さな欠片を口に運ぶ姿は幼子のようで、周囲の笑いを誘った。

「なまえって無口だし無表情だけど、甘いもん食ってるときだけは嬉しそうにするよな」
「…そう?でも甘いものは好きなの」
「見りゃ分かるさ」

蒸しプディングを小さなスプーンで掬っているなまえを見たザビニが楽しそうにそう言う。
怪訝そうにザビニを見ていたが、ザビニは笑うだけでそれ以上何も言わなかったので、なまえはプリンを口に運ぶ作業に戻った。

『なまえ、君は本当に…まあいいけど』
「…?」

列車に乗ってから一切出てこなかったリドルが唐突に出てきて、ため息をつきながら、しかし可笑しそうになまえの背後でそう言う。
いきなり出てきて何を言い出すのだろうと疑問に思ったが、今までもリドルは意味の分からないことを突然言い出すことがあったので、なまえは気にせずプリンを食べることに集中した。

その様子を見ていたリドルは変わらずクスクスと笑っていた。
リドルから言えば、なまえは鈍感で男泣かせである。
ザビニは完全にからかい半分だったが、斜め向かいに座るドラコは明らかに好意を持った眼でなまえを見ていたし、ノットも自覚はないとは思うが機嫌よく食事をしていた。
いつも冷静で物静かななまえのこの愛くるしい一面は男達を魅了するに容易い。
しかも、なまえは無自覚と来たものだ、彼らの淡い気持ちはなまえには届かない。

それを分かっているパンジーはドラコがなまえを見ていることを知っていても、決してそれを口にすることはないし、なまえに嫉妬の念を向けることもない。
なまえは決してドラコに靡かないとそう確信しているが故の冷静な行動だ。
こういった場面においては、女は敏感に、尚且つ狡猾になることをリドルは今までの経験上知っていた。

14歳の多感な青少年が、この鈍感で無自覚ななまえに対してどんなアピールをしてくるのか見ものだ。
リドルのクスクスと言う笑いはデザートが終わるまで続いていた。

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