49.こま鳥の談笑
後の夏休みはいつもどおりだった。
いつもと違ったのは、コレットが毎日のようにワールドカップの話をしろとせがんでいたことくらいだ。
そのたびにたくさん話をしなければならなかったので、口下手ななまえにとっては少々苦痛だった。

学校の教科書はいつも通っている古本屋が用意してくれていた。
もうグリンゴッツには行かなかった、必要もないし、ダンブルドアにどう思われようともう関係ない。
彼の力が無くても生きていけるだけの力が手に入ったのだから。
残りの夏休みにできるだけ薬学の研究と販売をして、お金を稼いでおいた。

「なまえ、荷物これだけでいいのか?」
「はい、大丈夫です。魔法がかかってるので」
「はぁー、お前は優秀だな」

登校日初日、なまえはコレットに見送られていた。
彼は客がいないのをいいことに、漏れ鍋までなまえと一緒に来てくれた。
背の高く体つきのがっちりしているコレットは、混んでいる道も人に流されること無くすいすいと進めるので、なまえはその後についていくだけで随分楽に漏れ鍋までたどり着くことができた。

ショルダーバックをしげしげと眺めるコレットに、なまえは少し微笑んだ。

「いえ…多分来年も厄介になると思いますから、そのときはまた」
「へいへい。どうせいつだって部屋は空いてるさ。…でもあの部屋はお前のために開けておいてやるよ」

それに応ずるように、コレットも人懐っこそうな笑顔を見せた。
なまえはコレットに御礼をして、漏れ鍋を出た。目指すはキングズクロス駅だ。

早めに出てきた甲斐もあり、プラットフォームにはまだ人影が殆ど無かった。
なまえは汽車に乗り込み、後部車両のコンパートメントを取った。

荷物を適当に置いて、その中から本を取り出し読み始める。

「あ、いたいた!なまえったらこんな後ろのほうにいたのね、探すのに手間取ったわ」
「パンジー、久しぶり」
「久しぶりね!夏休みはどうだった?」

がらっとコンパートメントのドアが開く音でなまえは本から顔を上げた。
ドアを開けたのはパンジーだった、どうやらなまえを探していたらしい。
何のためらいも無くなまえの向かいの席を陣取るあたり、彼女らしいというかなんというか。
なまえは曖昧な笑みを浮かべて、パンジーを見た。
彼女はそれに気づかず、話を始めた。

パンジーは夏の間、バカンスに言っていたらしい。
アジアのリゾートに行ったと楽しそうにそう話した。

「日本の事を知ってる人もいたわ、近かったみたい!」
「うーん、それなりに近いとは思うけれどね…」

少なくともイギリスよりは近いだろうが、それでも日本からは遠い国だった。
島国で辺りに国も少ない日本と、地繋がりで国があるヨーロッパの1つであるイギリスとでは距離感が違うのかもしれないと一人納得した。

なまえはその後もパンジーが話しているのを延々と聞き手に徹していた。
海の綺麗な場所だったようだ、ダイビングを楽しんだことや夕暮れ時の海の美しさについて語っていた。
お土産のパールのストラップを渡して、ようやくパンジーはなまえの話を聞く気になったらしい。

「なまえは夏休みなにしてたの?」
「クディッチのワールドカップ、行ったよ」
「え!ワールドカップに行ったの?誰と?まさかドラコじゃないでしょうね!?」
「いや…セドリック先輩に誘われて。ドラコにも会場であったけど」

なまえはワールドカップの話をした。
というよりも、それくらいしか夏休みの話として提供できる出来事は無かった。
なまえとしては、こんな薬を作ったとか、このような効力のある薬を作るには何を材料にすればいいのかとか、そういうことを話し合える友人がほしいものだが、全く交友的でないため、そんな友人はきっとできないだろう。
とりあえず今のところは、その話はリドルに聞いてもらえばいい。

さて、そのワールドカップの話だが、パンジーはクディッチのことではなくなまえが誰とそれに行ったのかをしきりに気にした。
なまえが1人でそんなところに行くと考えない当たり、伊達に友達をやっていない。

その話を聞いて、パンジーは少しほっとしたような顔を一瞬して、そのあとすぐににやにやとした笑みに変わった。

「へーぇ、ティゴリー先輩と!何か進展は無いの?」

進展と言うか、一方的なものはあったが、こちらは何も無い。
そしてなまえは思い出す、結局セドリックの告白に関して何も言っていなかったことを。
うっかりしていたと思いつつも、パンジーの質問に答える。

「無いよ、特に。普通に観戦しただけ」
「ええー吊橋効果とか無かったの?…死喰い人が出たんでしょう?」

死喰い人の騒動を吊橋効果にしてしまおうとはなんとも肝の据わった考えである。
なまえは呆れたようにパンジーを見た。
パンジーはそれに気づいてか、慌てて訂正をした。

「いや、心配ではあったけどさぁ」
「…なかったよ。だって他の人も一緒に避難してたし」

ちょっとハプニングもあったが、それをパンジーに話すと面倒なことになりそうなのでやめた。
セドリックとの仲を勘繰られるのも嫌だったし、女子の噂は広まるのが早い。
なまえはそれ以上夏休みの話しをするつもりはなかった。

なまえは話が切れた隙に、窓の外に眼をやった。
外は雨がざあざあと降っていて、学校に行くまでに濡れてしまいそうだ。
時折雷鳴が空を奔っていた。

「酷い天気ね。これじゃあ、学校行くまでにずぶ濡れになっちゃうわ」
「そうね。…そろそろ着替えたほうがいいね」
「あ、そうね。なまえ、先に着替えちゃって」

ぼんやりと窓の外を眺めていたランにパンジーが眉根を顰めながらそう言う。
なまえはそれを聞いて、そろそろ学校に着く時間だということを思い出した。

2人は着替えを済ませて早めに列車を降りた。
外はやはり雨が酷く、馬車にたどり着くまでにびしょびしょになってしまいそうだ。

「うーん…なまえ、水除けの魔法なんて知ってる?」
「乾かすほうなら知ってるけど…身体全体を雨から守る魔法は知らない」
「乾かすほう知ってるなら、まあいいか…仕方ないものね」

列車のホームの屋根の部分でパンジーが嫌そうに外を見ていた。
雨も凄いが、足元のぬかるみも酷い。
走っていこうものなら足元が汚れてしまいそうだ、下手をすれば転んで泥だらけになるかもしれない。
はぁ、と目の前の大雨をみてため息をついた。

「こんにちは、なまえ。ちょっとぶりだね。…こんなところでどうしたの?」

自分の背後、頭の上から降ってくるような柔らかい声。
振り返って見上げると、セドリックが立っていた。
視界の端のパンジーはにやにやと楽しそうに笑っている。

「こんにちは。…雨に濡れるのがいやだねって話してたんです」
「ああ、酷い雨だからね。傘使う?」
「え?セドリック先輩はどうするんです?」

セドリックは黒い蝙蝠傘を持っていた。
どうやらどこかで配っていたらしいがなまえたちは見逃していたらしい。

傘は一本、パンジーとなまえがはいる分には問題ないが、セドリックは入れない。
驚いたようになまえがセドリックを見上げると軽く微笑んで、なまえの手に傘を押し付けた。

「走ればすぐだからいいよ。それに僕も乾かす呪文は知ってる。じゃ、また後でね。足元に気をつけて」
「ありがとうございます!」

ローブを頭から被って、セドリックは走っていってしまった。
少し離れたところから見ていたパンジーがうっとりした顔で、やっぱりカッコいいわねーという感想を述べていた。


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