48.存在理由
なまえは臨時で作られた煙突ネットワークを使い、(野原にずらりと暖炉だけが並んでいる様子異様だった)オリュンポスに戻った。
オリュンポスの暖炉から出ると、厨房にいたコレットがばっとなまえを見た。

「おお、おかえり!無事だったか?」
「只今戻りました。…私はなんとも。なんだか大変な事件だったみたいですね、新聞みたいんですけど、あります?」
「あるとも。酷い書かれようさ、リータ・スキーターがまたやってくれた」

エイモスと違い、コレットはどこか楽しそうにそういい、厨房からすっと手だけ出して、テーブルの上を指差した。
見ている分には面白いことに違いないのだろう、大変なのは魔法省勤めの人たちだけだ。

テーブルの上にはアイスティーと新聞が置かれていた。
なまえは荷物をテーブルの近くに置くと、その新聞とアイスティーを手に取った。
アイスティーは冷却呪文が施されており、冷たさを保っていた。

「…これは、酷いですね」
「な?死人なんてでてないだろ」
「出てないと思いますよ。そんな話は聞いていません」
「やっぱな。でも信じてる奴はいるだろうなぁ、それ」

なまえは訝しげに新聞を見た。
そこには大きな文字で、クディッチワールドカップの恐怖と書かれた見出しがある。
魔法省を非難するようなことが大々的に書かれており、数人の遺体が運び出されたなどと書いてある。
しかし、恐らくはそんなことはなかったと思う、そんなことがあったのならエイモスは簡単にテントに戻ってくることはできなかっただろう。

なまえは一通り新聞を読み、アイスティーも飲み干した。
そして大きくあくびをして、椅子から立ち上がる。

「寝るか?」
「そうします…」

なまえは椅子の近くに置いていた荷物を肩にかけたところで、思い出した。
コレットに頼まれた土産を渡していなかったのだ。
徐に鞄を椅子に置きなおし、纏めておいた土産をカウンターに置く。

「これ、頼まれていたものです。じゃあ、私寝るので…」
「うおお!さんきゅな!!起きたら土産話も頼むぞ!食事は何がいい?」
「いえ…話、うまくできるかわかりませんけれど、頑張ってまとめておきますね。食事はさっぱりしているものなら何でも。おやすみなさい」

キッチンからカウンターに身を乗り上げるようにしてコレットが声を上げる。
どうやら本当に楽しみにしていたらしい、話まで聞きたいとは熱狂的だ。

なまえは昨日一昨日のことで疲れ果てていて、今はコレットの相手はできなさそうだった。
今日の新聞を見て、リドルに聞きたいこともある。
荷物を持って、なまえは部屋に入った。

「やっぱりこっちの姿のほうがいいね」
「2日間窮屈だった?」
「精神的には窮屈だったよ、見つかっちゃ困るしね」


なまえがドアの鍵を閉めたと同時に、リドルが実体化して窓際に立った。
大きく伸びをしている姿はまるで大きな黒猫のようだと思いながら見ていると、目が合った。
リドルはくすりと笑って、適当に会話を提供する。

なまえもそれに対して適当に返し、ベッドに座る。
まだ日が高いため、ベッドには燦燦と太陽の光が当たっており、いい匂いがした。
明るくてもよく眠れそうだ、とろりとしたまどろみがすぐそこにあった。
シャワーを浴びてから寝たいところだが、身体はそれに反してベッドに沈み続けている。

「なまえ、寝るの?」
「ん…」
「シャワー浴びたら?気持ち悪くない?」
「…うーん」

なまえは曖昧な返事をして、枕に顔をうずめた。
薬草と太陽の匂いが混ざって心地よい、少しだけ眠って、その後にシャワーを浴びるのだって悪くない。

「後で…」

そう、後でいい。
こうして丁度よい角度で日が当たるのは今だけだ、これを逃せばこの至福は訪れない。
なまえはベッドで丸くなって、シーツを引き寄せて抱いて、完全に眠る体制に入った。

その様子を見ていたリドルが小さくため息をついて、ベッドの角に腰掛けた。
スプリングがぎしっ、と嫌な音を立てる。

「シャワー、浴びたほうがいいと思うんだけど」

額にかかった髪をリドルの冷たい手が払う。
いくらか髪を手で梳きながら、リドルはあきれた様な声音でなまえの傍で話す。
暖炉を通ってきたため、少々埃っぽくなっていて、所々で指が引っかかった。
なまえはそれを嫌がってか、ころりとリドルに背を向けて丸くなる。

「はい、自覚してるならシャワー浴びよう」
「眠いんだけど…」
「シャワールームまでの送迎と髪を乾かすのをサービスするよ」
「…それしないと寝かせてくれないんでしょ。前者のサービスは要らない。お断り。」

なまえは不機嫌そうにリドルのほうに向き直り、睨むように彼を見上げた。
起き上がって、スリッパを乱暴に履いてシャワールームに向かった。
ぐずぐずしているとリドルが膝裏に腕を通して無理矢理シャワールームに連行しそうだ。

シャワーを浴びて、戻ってくるとリドルはベッドで本を読んでいた。
なまえが出てきたと分かるとその本を片付けて、タオルを呼び寄せ呪文で手にする。

「なまえ、おいでよ。乾かしてあげるから」
「…いいよ、自分で乾かせるし」

寝ようと思っていたところを起こされて機嫌が悪いのか、なまえは脱衣場の鏡の前から動こうとはしなかった。
わしゃわしゃと乱暴に髪をタオルでふき取る。

「…反抗期?」
「そんなんじゃないけど、」
「怒ってる?」
「…ちょっと」

なまえは鏡のほうを向いていて、表情は見えない。
機嫌が悪いのは話していて分かるが、珍しいことだ。
今までそんなことはなかったため、リドルも少々驚いた。

思い当たった言葉をそのまま出してみると否定はしない。
14歳といえば多感な時期であり、反抗期が訪れてもなんらおかしくはない。
去年1年でさまざまなことがあったし、心も成長したのかもしれない。

「そう。…でも遠慮しないよ」
「っ…だから、自分でできるって」
「だろうね。でもなまえの髪を乾かすのは僕の仕事。これ以上僕の仕事を取らないでよ」

なまえと出会ったばかりの頃のリドルの仕事は多かった。
食事を取るように促したり、話し相手になったり、髪を乾かしたり、寝かしつけたり。
何でもリドルの仕事で、リドルはそれを進んで行っていた。

しかし、今は促されなくてもコレットの作った料理を食べに行くし、話し相手はセドリックやドラコ、パンジーなど多くなったし、眠るのだってそう難しくはなくなった。
それはなまえの成長であるから嬉しいことには嬉しいが、仕事がなくなるのはどうしても嫌だった。

そもそも、2年前にハリーポッターを殺し損ねた時点で、リドルの存在する目的は消えていた。
生きる意味も何も見当たらなかったし、消えることに関してもそこまで執着がなかった。
寧ろ、また長く孤独に日記に閉じ込められるくらいならば、消滅してしまいたいとすら思っていたのだ。
あの受身の世界は、自分から外に干渉する事は許されず、ただ待ち続けるだけの生に気が狂いそうだった。

なまえに出会ってから、リドルの目的は彼女を生かすことにあった。
彼女は生に執着が無く、放っておけば死んでしまいそうだった。
やることのなくなったリドルにとっては丁度いい、やることが見つかった。
それを失うのが、今一番怖いことだ。

「うー…ん、分かった、ベッドに行く」
「うん、そうして」
「多分寝ちゃうよ?」
「いいよ」

なまえは少し考える風な仕草をして、結局リドルの案を呑んだ。
ベッドに座ったなまえの後ろにリドルが座って、丁寧に髪の水分をふき取る。
なまえはシーツを肩まで引き上げてリドルに背を任せて、うとうととしていた。

いつまでも、この仕事だけは自分のものであればいい。



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