47.グッド・モーニング
なまえは温かさの中、目が覚めた。
すん、と呼吸をすると、オリュンポスの宿の部屋の薬草や古い木の匂いがして、まだ2日しか離れていないのに懐かしいと感じた。
はて、何故そんな匂いがするのかと思い、ふと顔を上げると見慣れた端整な顔があった。

「!?」

あろう事かこの人様のテントの一室でリドルは実体化し、無防備にも眠っていた。
もし、セドリックが様子を伺いに部屋に入ってきたらどうするつもりだったのだろう。
昨晩、リドルに縋って眠ってしまったのは自分だったが、大抵なまえが起きるときには既に彼も起きていた。
だから、無防備に眠るリドルを見るのは初めてだった。

せっかくの機会だし、とまじまじとリドルを観察してみる。
長い睫に縁取られた瞳、滑らかな白磁のような肌…整っているとしか言いようが無くて、すぐに飽きた。
この状況をどうしようかと思ったが、恐らく几帳面で敏感な彼はなまえが動けばすぐに眼を覚ますだろう。
しかし、せっかく眠っているんだから起こすのも申し訳ない。
記憶媒体とはいえ、眠るということは疲れているのかもしれない。

じっとしていようと、もう一度眼を瞑った。


控えめなノックで、まどろみの中から浮上した。
隣のリドルも身じろぎはしているものの、抱き枕代わりのなまえをぎゅっと強く抱きしめるだけだった。
なまえは両手を胸板に突き出して何とか抵抗をして、小声でリドルに声をかける。

「リドル、起きて。出なきゃ」
「ん…、なに?」
「いや…何じゃなくて、起きて。実体化解いて。セドリック先輩に見られたらどうするの」

遠慮なく胸板を叩くと、漸くリドルは眼を覚まし、起き上がった。
その隙になまえは腕の中から逃げ出し、音を立てないように注意しながらカーディガンを羽織り、小声でリドルに消えるように促す。
珍しく寝ぼけているようだが、セドリックに見られて困るのはなまえだった。
知らない男がテント内の、しかもなまえの部屋にいただなんてばれたら、なんて説明をすればいいのか分からない。

リドルもドアがノックされる音を聞いて状況を理解したのか、ぱっと姿を消した。

「なまえ、起きてる?」
「はい、起きてます。おはようございます」

なまえは寝室のドアを静かに開けた。
できる限りいつもと同じように振舞って、あいさつをする。
その後ろからエイモスがあいさつをするのが聞こえた。

セドリックは昨晩あまり眠れなかったのか、目の下にうっすらと隈ができていた。
拒絶されたのがショックだったのか、罪悪感に襲われたのかは定かではないが、その姿になまえも少し心を痛めた。

なまえとしては、やはりセドリックはいい先輩であるし、友人であると思っている。
だから、昨日の一件は水に流そうとそう考えていた。
数少ない友達を失うのはあまり得策ではないし、何より寂しかった。
寂しいと感じることに苦笑したが、週に一度のお茶会も、廊下ですれ違ったときに見せる笑顔も、なまえにとっては掛け替えの無いものだ。
昨日のことだけでそれを失うのはもったいない。

「昨晩はすみませんでした、驚かしてしまって」
「え!…いや、こっちこそごめん。なまえがああいうこと嫌いだって知ってたのに。最低だよ、本当にごめん」
「いいえ、大丈夫です、気にしないで」

昨晩の事を触れられるとは思っていなかったらしいセドリックは、眼に見えて動揺していた。
なまえはそれに気づかない振りをしつつ、あっさりと話を終えた。
あまり追求するのも、話を長引かせるのもよくないと思ったので、すぐに口を閉じた。
普段、なまえが口を閉じればセドリックが何か話をしてくれるので、それを頼りにしようと考えていたのだ。

しかし、セドリックは何も言わないため、長い沈黙が流れた。
沈黙に耐え切れず、なまえはマグカップを持ってキッチンにいたエイモスに声をかける。

「エイモスさん。昨晩の騒動はどうなったんですか?」
「ああ…酷かったよ。マグルの家族が魔法で浮かされてね…人質にとられてしまってこちらは手が出せなくて…あの印がでるとあいつら、すぐに姿をくらましたんだが」

どうやら苦戦したらしい、マグルを人質に取られては下手に魔法が打てない。

なまえはおや、と疑問に思った。
てっきり、昨日の闇の印は暴徒達がふざけて出したものだと思い込んでいたのだが、そうではないようだ。
それでは、誰が出したのだろう?と疑問に思ったが、口に出すのはやめておいた。
エイモスは昨晩の事を話すのはもううんざりなのか、それ以上は何も話そうとはしなかった。

「父さん、結局誰が印を出したの?そこにいた奴らじゃなかったんだろ?」
「…その場にいたクラウチの屋敷僕だ。魔法使いから杖を奪って打ち上げたらしい、証拠も出た」

セドリックがなまえの聞けなかった事を何の気なしに聞いてくれた。
エイモスはなまえの持ってきたマグカップに紅茶を注いでいた手を止めて、リビングのほうを見た。
今まで話に入ってこなかったから聞いていないと思っていたのだろう。

エイモスは答えるか迷うように口を少し噤んでいたが、口を開いた。
クラウチという人が誰なのか、なまえは分からなかった。
しかし、セドリックは分かっているのか驚いたように声を上げる。

「クラウチさん?あの人の屋敷僕が?それは、なんというか…面倒なことになりそうだね」
「ああ…新聞も気になる。どこかの馬鹿が何か書いているんじゃないかと思うとぞっとするさ」
「リータ・スキーターのことだね…。あれ、信じてる人いるの?」
「いるから、魔法省に大量の手紙やらクレームやらがくるのさ」

なまえはリータ・スキーターのことは知っていた、確か新聞記者だ。
しかし、彼女の書く記事はゴシップばかりで、なまえもリドルも呆れていた。
昨晩の事件は彼女にとっては美味しいえさのようなものだ、食いつかないわけがない。
そこに関しては魔法省に同情を寄せておく。

紅茶の注がれたマグカップを持ってなまえはリビングに戻った。
セドリックの隣に座って、冷ますためにマグカップに息を吹きかけ、少し行儀悪くずずっと音を立てて飲んだ。
そのなまえの姿を見て、漸くセドリックは顔を緩ませた。


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