エイモスが帰ってきたのは随分と辺りが静かになったころだった。
4人は各寮での話やクディッチの話で長々盛り上がっていたが、なまえやジニーは眠さでうとうとしていた。
エイモスはテントの中にいたウィーズリー家の子を見ると、おや、と声を上げた。
「ああ、君達こんなところにいたのか。もう外は安全だ、アーサーもテントに戻っているだろう…セド、私は彼らを送ってくる」
「うん」
「先に寝ててくれてかまわない…お嬢さんは眠たそうだからね」
エイモスも疲れているようで、あまり口を利かなかった。
ウィーズリー家の子ども達を連れてテントを出て行ったのを見送ってから、セドリックはなまえに向き直った。
なまえはソファーでうとうととまどろんでいた。
こっくりこっくりと舟をこいで、身体をゆらゆら揺らしていた。
それを微笑ましげに少し眺めてから、セドリックはなまえに声を掛ける。
「なまえ、もう寝よう。朝になったら起こすから」
「ん…、」
うっすらと瞳をあけて、こくん、と頷くがソファーから立ち上がる気配はない。
寧ろソファーに体をうずめて、そこで眠ろうとしてしまっているように見えた。
クッションをぎゅっと抱きしめている姿は愛くるしい。
その様子を少し眺めていたセドリックだが、苦笑しながらもう一度なまえに声を掛ける。
「なまえ、そこで寝たら風邪を引くから…移動しよう、ね?」
幼い子どもに言い聞かせるように、優しくセドリックはなまえに言った。
しかしなまえはそれを聞いてか聞かずかころりと寝返りを打って、セドリックに背を向けてしまった。
セドリックはいよいよ困って…しかしどこか嬉しそうに笑って、また声をかける。
「ねえ、なまえ。そんな無防備でいいの?なまえは触られるのが嫌いだろう、僕に運んで欲しいって言ってるようなものだよ、その行動」
「…ねむい」
なまえはその言葉にむっくりと身体を起こした。
眼を擦りながら、ふらふらと何とか歩き始め部屋に戻ろうとした。
やはり触られるのは嫌なのかと思うと、セドリックは複雑な気持ちになる。
自分なりにアプローチはしているつもりだが、ただただもどかしい。
なまえが誰かに触られているところをセドリックは見たことがないので、それと同じなのはわかっている。
分かっているからこそ、どこか虚しかった。
結局自分はその辺の人と、友人と同じ枠なのだといわれているかのようだった。
そんなの、いやだ。
「なまえ、」
「っ…!!」
後ろから不意に抱きしめると、なまえの身体はびくりと跳ね上がった。
小さな震えが、胸越しに伝わってくる。
申し訳ないと思う反面、どこか独占欲に似たものが満たされるような気がした、離したくはない。
抵抗されるかとも思ったが、なまえは固まったまま動かなかった。
ただ、小刻みに震えるだけだ。
「僕じゃ、だめなの?」
「っぃ…」
「僕も、その辺の友達と同じ?…ねえ、なまえ」
なまえの口からは言葉にならない音が零れるばかりだった。
声をかければ、そのたびに華奢な肩を震わせ、ゆるゆると力なく腕を握る。
恐らくは離して欲しいという訴えなのだろうが、ここまできてしまったんだ、離したくはない。
今、なまえはどんな顔をしているだろうと考えると、ぞくりとした。
腕の片方を解き、そっとなまえの頬に手を滑らせた。
その柔らかい頬がしっとりと濡れているのを感じて、口元を歪めた。
「…っ!?」
「っは…、はぁ…、」
その瞬間だった、ばちっと大きな静電気のようなものがなまえとセドリックの間に流れ、セドリックはなまえから離れた。
なまえはその間にするり、と腕の隙間を縫って壁際まで下がり、寝室のドアノブを握り締めていた。
なまえの顔色は決していいとは言えず、その瞳は怯えた光が灯り、目じりから涙が流れていた。
普段滅多に表情を変えず、見たことがあるのは笑顔くらいだったから、セドリックはその顔に困惑した。
その顔は、恐怖と嫌悪に彩られているようにすら見えた。
「おやすみなさい…っ」
なまえは辛うじて震える声でそういって、寝室へ引っ込んでしまった。
ばたん、と少し乱暴な音がセドリックを正気に戻した。
「最低だな…、ああ…」
セドリックはその場に座り込んで、頭を抱えた。
なんてことを、なまえは触れられるのが嫌いだって、苦手だって分かっていたのに。
自分の感情の押し付けを、恐らくはなまえが一番嫌がるその行為を、やってしまった。
焦っていたというのは言い訳だ、結局のところセドリックはなまえが欲しかった。
欲しくてたまらなくなって、耐えられなくなって。
もしかしたら、なまえは嫌がらないんじゃないかって、心のどこかで思っていた。
なんて都合のいい自己解釈、無論なまえは嫌がった。
嫌がっても、離れたくなかった、なまえが欲しかった。
ドラコに向けていた楽しそうに笑う笑顔も、双子に向けていた好奇心に満ちた瞳をこちらに向けて欲しかった。
彼らなんて見て欲しくなかった、ずっと前から仲がよかったのは自分なのに。
分かっている、なんて汚い嫉妬心だろう。
「ああ、どうしよう」
なまえは間違いなく傷ついた。
あんな顔、見たこともなかった。
いくら後悔したって、過去には戻れない。
なまえは扉を閉めると、その場にへたり込んでしまった。
何とかあの場で腰を抜かすことはなかったものの、リドルが弾いてくれなかったらと思うとぞっとする。
「リド…、」
「もっと早く弾くべきだったね…ごめん」
「リドル…」
泣きそうな顔をしたなまえが実体化したリドルに手を伸ばす。
リドルは少し戸惑いつつも、その伸ばされた腕の間に身体を滑り込ませた。
優しくなまえの背を撫ぜて、呼吸を整えさせる。
なまえはよほど怖かったのかまだ震えていて、去年の夏を彷彿とさせるくらいに弱っていた。
なまえの膝裏に腕を通し、抱き上げてベッドに運んだ。
抱いたまま、ベッドに腰掛けて腕の中のなまえを見る。
汗ばんだ額をぐりぐりとリドルの胸に押し付け、細い腕を背に回してぎゅうぎゅうと堅く結んでいる。
セドリックはだめでも自分ならいいのかと思うと、嬉しくなった。
「なまえ…?寝た?」
「ねてない…さむい、」
「…そう言うことは早く言って」
腕の中のなまえが静かになったので、眠ったかと思ったが違ったようだ。
ぶるりと身体を振るわせたなまえに毛布を掛けて、抱きなおそうとした。
しかし、途中で面倒になったので、リドルも一緒に横になり、布団に包まる。
なまえの腕を下敷きにしないようにそっと腕を外させると、行き場を失った手はリドルの胸をぎゅっと握った。
そのうち安らかな寝息が聞こえて、来たのを確認するとリドルも瞳を閉じた。