43.クディッチ!
席に戻ると、ちょうど開会のあいさつが始まった。
魔法を使っているのであろう、その声が階上全体に響き渡る。
その途端、観客は叫び、口々に国家を歌い、旗を振っていた。
今まで見たこともない熱気に、なまえは気圧されてぽかんとその様子を見ていた。

「さて、前置きはこれくらいにして早速ご紹介しましょう、ブルガリア・ナショナルチームのマスコット!」

ブルガリアチームのカラーは赤らしい、真紅のスタンドから歓声がわぁっと上がった。
なまえはふとそちらを見る、セドリックはそれをちらと見ると、すぐに眼を逸らした。

「あー…あれ、僕はだめなんだ」
「?…あれ、なんですか?綺麗な人ですけど」

なまえはその反応を不思議そうに見ながらスタンドを見回した。
そして、セドリックの言葉を若干理解した。

「…あれ、ヴィーラですか、もしかして」
「そうだよ。女性は大丈夫だろうけど、男性は…まあ見ての通りだからね。僕はそうはなりたくないし…気になるけど、」
「私にセドリック先輩は止められないでしょうから、そうしていてくれるとありがたいです」

ピッチで舞を踊っている息を呑むような美しさの女性達、それをみて今にもスタンドからおちそうになっている男性たち、それを止める女性たち。
あたりでそのような光景がいくつも見られる、セドリックはそうなるのを防ぐためにすぐに視線をスタンド側に向けていた。
なまえはその状況を見て苦笑する、隣のエイモスはすでにスタンドに足をかけている状態で、セドリックがその服の端を掴んでいる状態だった。

なまえはヴィーラたちを興味津々とした様子で鑑賞していた。
それにしても美しい、陶磁器のような光を発してるようにも見える滑らかそうな肌、スタンドの光を吸収し輝くシルバー・ブロンド、そして優雅で色欲に溢れた舞。
なるほどこれは男性なら誰だって惚れる美しさで、それは人知を超えているようにも思えた。

ふと、なまえにとある疑問がよぎった。

「ねえ、リドルはあれ、どう思う?」
『さあ?僕はああなりたくないし、見るつもりもないよ』

なまえは意地悪をしたつもりだった、指差した方向にはヴィーラがいて、リドルがそれを見てくれればいいのにと思って彼を呼んだのだ。
しかし、彼はなまえをじっと見るだけで、なまえの指差した方向は決してみようとしない。
リドルも意地悪そうに笑って、なまえのピアスの中に消えた。

なまえは内心残念に思いつつ、もう一度ピッチを見た。
ピッチではヴィーラたちが舞を終わらせて、退場するところだった。
スタンドからは怒号が飛び交っていて、なまえはヴィーラを使うなんて卑怯だ!という趣旨なのかと思ったが、観客達はヴィーラの退場に関して怒りを感じていたらしい。
ヴィーラの魅力はとても怖ろしいものなのだなぁ、となまえはそう思いつつ、セドリックのほうを見た。

「ヴィーラ、退場しましたよ」
「うん、そうみたいだ。マスコットとはいえ、これはちょっとね…」
「そうですね…周りの皆さんはそうは思っていないようですが」

エイモスは怒号は上げはしないものの、少々名残惜しそうにスタンドの淵に立っていた。
セドリックとなまえはおかしそうにその様子を見て、クスクスと笑いあった。

「さて、次はアイルランド・ナショナルチームのマスコットに杖を向けて!」

そう叫んだ瞬間、緑と金色の光の筋が競技場に滑り込んできた。
それらはピッチの上空を一周し、それが2つに分かれ、それぞれゴールポストに向かってとび、それを結ぶようにして競技場には虹がかかった。
その光景に、観客達は歓声を上げる。

虹が薄れると、その2つの点は合体し三つ葉のクローバーの形を作り、空高く登り、上空にふわっと雲のように広がった。
そしてそこからは金色の雨が降り注ぐ。

なまえは眼を凝らして、上空のクローバーを見つめた。
そこには髭を生やした何千と言う数の小男が金や緑の豆のランプを持ち、佇んでいた。

「わ、あれ、レプラコーンですか!はじめてみました」
「僕もはじめて見るな…、ほんと、教科書どおりだ」

小男は皆赤いチョッキを来て、銀の止め具付きの黒いブーツを履いていた。
辺りに降っていた金色の雨は金貨のようだ、周りの観客の中にはそれをかき集めようとするものさえあった。

しかし、なまえやセドリック、エイモスはレプラコーンのほうに夢中だ。
3人はレプラコーンに付いての知識があり、その金貨がそう長持ちしないことを知っていた。
そのうちレプラコーンはヴィーラがいるほうとは逆側のピッチに下り、座り込んでいた。

「さあ、レディースアンドジェントルメン、どうぞ拍手を。ブルガリア・ナショナルチームです!」

そう声がかかった途端、サポーター達叫びにも近い歓声があたりに響いた。
びりびりとその声を肌で感じる、どこか身体がどきどきする。
きゅっとなまえは自分の服の胸の部分を握り締めた。

ピッチの下方から、赤い閃光のようなものが飛び出てきた。
それが箒に乗った選手であると理解するのに随分と時間がかかったのは、なまえにとって彼らが早すぎたからだ。
一端上空で泊まってくれたお陰で漸く、その全容を見ることができた。

「わあ…クラムだ。彼、僕と同い年くらいなんだよ?信じられないよ」
「え?…もっと年上かと…」

なまえは手に持たされた万華鏡(会場で売られていたものだ、グッズも買って来いと言う指令を受けていたため買ってみた。しかし、これは観戦用だったため使わせてもらっている。)で、クラムを見た。
彼の姿は同い年とは思えないほどに大人びていて、威圧感と風格があるように思える。
セドリックは彼のファンではないのか、坦々と彼についての説明をしてくれたが、半分くらいしか聞いていなかった。

「ではみなさん、どうぞ拍手を…アイルランド・ナショナルチーム!」

バクマンが声を張り上げたので、セドリックは話をやめ、ぱっとピッチを見た。

今度は緑の閃光が歓声に包まれた競技場を迸る。
緑の旗が次々に振られて、ウェーブを作っていた。

その後、軽く審判の紹介をした、審判の紹介が終わると会場は波を打ったように静かになっていく。
静まり返った会場で、バクマンの声だけが大きく響いた。

「試合開始!」



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