42.しあいの前に
テントの周りは比較的静かだった。
1つだけ魔法使いの子供がいるらしいテントがあり、そこだけは明るく賑やかだったが、騒がしいというわけではなかった。
そのテントに住む小さな女の子は時々絵本を持って泉のほとりで読んでいる程度の静かな子だった。

そのせいか、会場に近い大通りを通る頃には、なまえはもうぐったりしていた。
セドリックの真後ろをぴったりと張り付くように歩き、人を避けて歩いていた。
セドリックはしきりに後ろのなまえがはぐれていないか振り向いては、その疲れたような青い顔を見て、苦い顔をした。

「なまえ、大丈夫?」
「なんとか…本当に人が多いんですね…ダイアゴン横丁の比じゃない…」

一体どこからこんなに多くの魔法使いが沸いてきたのだろうと思うほどにたくさんの人だった。
子どもからお年寄りまで、さまざまな人種、年齢、性別の人間がごった返している。
中には不思議な格好をした人も多々いて、見るには面白いが、歩くのは難しい。

ランタンで照らされた道を歩いていくと、大きなスタジアムが見えた。
煌びやかに光るそれを目指して皆一直線に歩く姿は、どこか宗教じみているなとなまえは思った。
10分ほどもみくちゃになりながら歩くと、スタジアムに着いた。

席は貴賓席の程近くだった。
貴賓席よりも1階分低いが、充分高く、怖ろしく感じられた。

「…高い、ですね…」
「うん。あ、でも大丈夫だよ、落下防止の魔法がかかってるからね」

セドリックは会場についてからそわそわしている、間違いなく彼もクディッチ狂なのだから仕方がないが。
なまえはその様子をちらりと見て、手元のパンフレットに目を通し始めた。

宿、オリュンポスを出るときに、コレットからいくらかのお小遣いを貰った。
いらないといったのだが、パンフレットやらグッズやらを代わりに買ってきてくれと頼まれ、それよりもはるかに多くのお金を渡されてしまったのだ。
あまりは好きに使えといわれたものの、どうしていいのかわからず、鞄に入ったままだが。
一応、パンフレットは二部買った、自分の分とコレットの分でだ。
自分は少しプログラムが分かればいいので、コレットのものを少々借りようかとも思ったのだが、人に買っていくものを勝手に使うのもよろしくないと思い、自分の分も買った。

最初のプログラムは試合チームのマスコットによるマスゲームだ。
しかし、始まるにはまだ時間があった。

「セドリック先輩、私ちょっとお手洗いに行ってきますね」
「ああ、うん。迷子にならないように気をつけて」
「はい」

人が多く、あまり席を立ちたいとは思わなかったが、生理的欲求には敵わない。
なまえは言われたとおり迷子にならないように、目印を自分の中で決めつつ狭い通路を歩いた。
人の割りに通路が狭い上に、小柄ななまえは人にもみくちゃにされつつ進む以外になかった。
お手洗いに着いたときには、髪はぼさぼさで酷い状態だった。

「あーあ…酷いね」
「リドル、出てきていいの?」
「これだけ人がいるんだから大丈夫さ。帰りは僕が前を歩こうか?」

お手洗いを出て、通路を見て呆然とするなまえの背後に、いつの間にかリドルが立っていた。
セドリックの家を出てから全く話しかけてこなかったので、少しドキッとしたが、なまえはリドルを見上げてそういった。

にっこりと笑うリドルだが、眼は笑っていなかった。
こんな人込みになまえを連れてきて、という思いが強いからだ、彼は元々セドリックの事をあまりよく思っていない。

「…多分大丈夫。リドル、見られたら面倒じゃない」
「そう?…まあ確かに、ティゴリーに見られたら面倒だ…何か危なそうだったら出てくるよ」

リドルが出てくるような危ないことはここで起こるとは思えないが、なまえは頷いておいた。
そして意を決して、人の流れの中に入っていった。

それから数分が経ったが、人に流されてしまってなかなか前に進めない。
やはり席の近くまでリドルに居てもらおうかと思ったとき、ぱっと道が開いた。
突然人が居なくなったのだ、はて、と思い顔を上げると見慣れた薄い青の瞳が驚いたようにこちらを見ていた。

「なまえ?何やってるんだこんなところで」
「…ドラコ、お久しぶり…。席に戻ろうと思ってるんだけど、なかなか、ね」
「ああ、流されて動けないのか」

目の前にいたのはドラコだった。
人込みに流され続けていたため乱れていた服装を直すなまえを見て、瞬時に何があったのか悟ったらしい。

ドラコの両脇には背の高い男女がいた…恐らくは彼の両親だろう、父親は彼にそっくりだった。
母親らしき人は非常に美しい人で、きょとんとした眼でこちらを見ていた。

「ドラコ、そちらの方はどなた?」
「母上、こちらは同じ寮の子です。去年、僕に応急手当をしてくれた子で」

母親が好奇心からかドラコに声をかけた。
ドラコは丁寧にその質問に答える…なまえは少々はらはらしていた。
彼らは純血の大きな家の人だ、そしてなまえは穢れた血。
何を言われてもおかしくはないとそう思って、身を硬くしていた。

「はじめまして、マルフォイさん。なまえ・みょうじと申します」
「はじめまして。去年はドラコが世話になったようだな。礼を言わせて貰おう」
「いえ…」

一応あいさつをしてみたものの、堅苦しい雰囲気を増幅させるだけだった。
ドラコは怪訝そうな眼でなまえを見ていた、明らかな猫かぶりだからだろう。
そのドラコに困ったような視線を送る、これ以上ここにいたくはない。
いい加減、マルフォイの人々となまえを物珍しそうに見る歩行者の視線も気になる。

ドラコもそれに気づいたのか、機転を利かせて口を開いた。

「父上、母上、僕はなまえを席まで送ってきます。先に行っていてください。なまえ、どっちだ?」
「あっちよ。…それでは失礼します」

そういってなまえをエスコートして、席のほうに向かう。
2人の姿が見えなくなった頃、ドラコがなまえに話しかけた。

「なまえ、誰と来たんだ?」
「セドリック先輩。誘われてね…、せっかくだし来てみたんだけど、やっぱり人が多いね」
「…意外だな、誘えばきたのか…」
「?何かいった?」
「いや、なんでもない」

がやがやと人が煩くて、あまり前を歩くドラコの声は聞こえなかった。
目印であるローマ字一字が書かれているポールを見つけると、その近くに見覚えのある鳶色の髪を見つけた。

「なまえ!遅かったから心配してたんだ、ついていけばよかったな…」
「いえ、大丈夫です…途中でドラコにあって…ありがとう、ドラコ」
「…どういたしまして。じゃあ、また学校でな」

セドリックが一向に帰ってこないなまえを心配してか、ポールの近くに居た。
飼い主を探す犬のようにうろうろしていたので、なまえはちょっとおかしくなって笑ってしまった。
恥ずかしそうに顔を赤くしたセドリックは、よかったと一言言って、そして怪訝そうになまえの後ろを見た。
ドラコも睨むようにセドリックを見ていたのでなまえは慌ててドラコに向き直る。
元々スリザリンとハッフルパフの仲はあまりよくない。

なまえはドラコにお礼をして、セドリックの後ろをついていった。

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