39.おかの上の青
その日は、早くに夕食を食べた。
夕食はローストチキンをメインにミルクスープやヨークシャー・プディング、コーニッシュパスティーなどが並んだ。
いかにもイギリスの家庭料理という感じで、美味しかった。
小食ななまえだが、出された分はきちんと食べきった。

「明日は早いからなぁ、まだ日も昇らないうちに起きなくては」
「…セドリック先輩、叩いてでも起こしてくださいね…」
「うーん…それは最終手段かな」

エイモスの言葉になまえは不安げにセドリックを見た。
なまえが至極真面目そうな顔でそういうので、セドリックは苦笑するほか無かった。

軽くシャワーを浴び、ベッドに入る。
まだ外は薄暗いといった程度だったが、早寝に越したことは無い。
なまえはなれない枕とベッドに戸惑いつつも、目を閉じた。



「なまえ、起きて。そろそろ時間だ」
「…ぅん…」
「ティゴリーに叩き起こされたいのかい?ほら、早く起きるんだ」

散歩で少々歩いたお陰か、あっさりと眠ることができたようだ。
まだ重い瞼を持ち上げると、見慣れた黒い人影がなまえの身体を揺すっていた。
なまえはなんとか身体を起こし、あたりを見渡す。
外はまだまだ暗く、時計は深夜の12時半を指していた。

とりあえずなまえはベッドに座ってぼんやりしていたが、リドルに促され、身だしなみを整えた。
着替えが終わったころ、リドルは姿を消した。

「…なまえ、起きてる?」
「はぃ…」

ノックと共に、セドリックの声がした。
なまえはそれに答えつつ、扉を開ける。
セドリックはきちんと目が覚めているらしく、はきはきとした声が頭に響いた。
まだ眠たく、ふらふらとした足取りのまま、なまえは階段を降りようとした。

「大丈夫?階段降りられる?」
「…多分」

よたよたと壁伝いに階段を降りるなまえを心配そうにセドリックが見守る。
なまえは何とか無事に階段を降りきり、リビングに向かった。
リビングでは既に着替え終え、荷物を持っているエイモスが立っていた。

エイモスの周りには他にも大きなリュックが1つあり、それがセドリックのものだということが分かった。
なまえの荷物は大きめなポシェット1つだけだ。
恐らくテントなどが魔法でリュックの中に納まっているのだろうとなまえは推測した。

「おはよう、お嬢さん!随分と眠たそうだけれど大丈夫かね?」
「おはようございます…どうしても朝は弱くて…」

眼をしょぼしょぼさせているなまえを爽快に笑い飛ばすエイモスに適当な返答をする。
セドリックはなまえがふらついて倒れたりしないかと気が気じゃないらしい、なまえの周りをうろうろしていた。
なまえはそれを横目で見ながら、ライルみたいだなぁと考えていた。

「さあ、出発するとしよう!」
「…なまえ、きつかったら言ってね?荷物持つから…」
「大丈夫です…」

まだ眼をこすったりしているなまえを尻目に、エイモスは玄関に向かった。
奥さんが玄関まで見送りをしてくれた。
2人が外に出たとき、にこにこ笑いながらなまえの傍に寄った。

「また会えるのを楽しみにしているからね。ほら、うちは男ばかりだから、女の子が来ると嬉しいわ」
「はい。いろいろお世話になりました。…また、機会があればぜひ。ライルもまたね」

なんだか下心があったようにも思えたが、無難な返答をした。
奥さんの隣に居たライルの頭を一撫ですると、名残惜しそうに手に頭をこすり付けてきた。
名残惜しいが、外で2人が待っているので2人のもとへ向かった。

「…母さんになんか言われた?」
「いいえ、特には何も。ライルにあいさつしていたんです」
「ああ、ライルは随分なまえに懐いていたから」

待たせてしまったので小走りでセドリックのほうに向かう。
セドリックもエイモスも特には気にしていないのか、ゆっくりと歩き始めた。
エイモスが先頭に立ち、その次になまえとセドリックが隣り合って歩いていた。

セドリックは先ほどの会話が気になったのか、そんなことを聞いてきた。
今まで実家に女の子を連れてきたことがなかったため、母がおかしなことを言ったりしていないかと心配になったらしい。
なまえはその意図には気づいていないのか、不思議そうにセドリックを見た。
その様子にリドルがおかしそうに笑う、全くもって彼も空回りばかりだ、と。

その後は他愛もない話をしながら歩き続けた。
しかし、途中からなまえは話す元気もなくなり、黙々と歩くことになった。
普段から運動をしているセドリックはそう大変そうではないが、普段家にこもりきりのなまえには辛すぎたようだ。
途中から荷物も持ってもらって、ようやく目的地へとたどり着くことができた。

「なまえ、大丈夫?」
「っはい…なんとか…やっぱ、運動していないと、だめですね…」

丘を登り終えて、なまえは膝に手をつき荒い息を繰り返していた。
心配そうにセドリックがなまえを覗き込む。
セドリックは少々息が上がっている程度だ、なまえの荷物も持っているというのにやはり体力に差があるなと言う事を感じた。
意外なことに、エイモスも息を切らしている様子はなく、しきりにあたりを歩き回っていた。

「ここで他の家族と待ち合わせなんだって。移動キーでみんな一緒に行くんだよ」

エイモスを眼で追っていたことに気づいたのか、セドリックが解説してくれた。
移動キーを捜すのと、その一緒に行くという家族を探すのとをしているらしい。

「息子や、こっちだ、見つけたぞ!」
「ああ、今行くよ!…なまえ、行ける?ゆっくりでいいから…」
「あー…はい、何とか…」

遠くのほうからエイモスの呼ぶ声が聞こえた。
セドリックはそれに大声で返事をして、心配そうになまえを見た。
なまえは漸く息を整え終え、ゆっくりと前を向いた。
空の群青が目に焼き付いた気がした。


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