37.せんぱい宅へ
なまえはいつもどおりの時間に朝食兼昼食を摂った。
セドリックが来るのは昼過ぎで、夕食をセドリックの家族ととる約束になっていた。

「ワールドカップなぁ…羨ましい」
「あれって本当に倍率凄いんですね」
「おうさ!ありゃ魔法省勤めが一番倍率ゆるいんじゃねーか?それでも取れない奴は取れないしな…プログラム俺の分もよろしくな!あと話しも聞かせろ!」

今日の朝食はブロッコリーとほうれん草の緑のスープ、チキンソテー、ライスだった。
朝からチキンソテーは重いと言おうかとも思ったが、それをコレットに遮られた。
話の話題はワールドカップ…ここ最近ずっとそうだ。
コレットもクディッチ狂だったようだ。

チケットがあったとしても、コレットには仕事があるのだからと思ったが、きっとそんなこと関係ないのだろう。
きっと宿を閉めて、ワールドカップに行くに違いない。

なまえはチキンソテーを切り分けながら答える。

「もちろん」
「俺は断然、アイルランド押しだな!ブルガリアはチェイサーがうまいが、シーカーの腕は微妙だから、クラムが頑張ればいけると思うんだ!」
「そうなんですか」

なんだかよく分からない話だ、まぁ今に始まったことではないので構わない。
適当に話を流して、食事を黙々とする。
その様子にコレットも冷静になったのか、話題を変えてきた。

「なまえ、荷物はもう纏めてあんのか?」
「うん」
「そっか。じゃあ降ろしておくか?」
「あ、じゃあお願いします」

別に持てない重さではないが、素直にお願いした。
これ以上クディッチの話をされてもよく分からないので返答しづらい。
なまえは残りのスープを飲み干し、出かける準備を整えた。

持ってきてもらった鞄を手に取り、コレットの見送りの中宿を出た。
相変わらず鋭い日差しが建物の隙間から差し込んでくる。

「眩しい…」
『ティゴリーと会う以外はずっと屋内にいたからね』
「ね…。でもノルマ達成するにはそうするしかなかったし…」
『これから辛そうだね。起きる時間とかさ』

夏休みになまえが外に出るということは滅多になかった。
とにかく部屋で薬を作り、もしくは研究紛いのことをしていた。
だから昼夜が逆転したりと生活習慣はめちゃくちゃだ。

これでホグワーツに戻ったら恐らく朝は起きれない。
今日も結局リドルに起こしてもらって食事を取ったのだから。

「先輩の家、厳しいかな…」
『厳しくしてもらったほうがいいと思うけどね』

せっかくだし、生活スタイルもきちんと立て直せばいい。
夏休みも終盤に差し掛かっているのだから、学校で困るくらいならリハビリも兼ねてティゴリーの家で生活するのも悪くはない。
リドルはそう考えていた。
そして、なまえがティゴリーに会う前に言っていたことが実践されればいいと思った。

結局、ティゴリーの告白に対してのことを一切触れずに、前回はお開きになってしまった。
ずるずる引きずれば、タイミングを失う。
それは避けたいし、中途半端な関係が続くのも腹立たしい。

…そこでリドルは1人苦笑をもらした。
生きてもいない記憶である己が人間紛いの安っぽい感情…嫉妬の念を抱いていることに気づいたからだ。
前々からそんな気はしていたが、考えて見ると本当に自分がなまえに依存していることに気かされる。
なまえはここ1年で大きく変化した、何も映すことのなかった黒い瞳にはいまやさまざまなものが映り、時には輝きさえする。
容姿も目の下の隈はなくなり顔色もいい、相変わらず痩せてはいるものの、少しは女性らしくなったように思える。
去年まではなかった女性特有のものもあるし、急激に身体が発育したのかもしれない。

「どうしたの?」
『…いや、なまえも成長したなって』
「リドルは父親に昇進したの?」

くすくすと楽しそうに笑ってなまえはそう言う。
本当に成長したと思える、冗談までさらりといえるようになったのだから。
1年前までは英語すら話せなかった少女が、いまや学年トップの成績を収めている。

リドルは鼻が高かった、なまえの言うとおり父親の気分なのかもしれない。
だからこそ、ティゴリーの存在が好ましくないと思うし、なまえの成長が嬉しい。
とりあえずは、そう言うことにしておこう。

なまえは漏れ鍋に約束の時間の5分前に到着していた。
夏休みということもあり、ダイアゴン横丁は混み合っていて、ここにくるだけでなまえはくたくただった。
その上漏れ鍋も混み合っている、めまいがした。
なんとか人の少ないところに行こうと進むと、既にセドリックが暖炉の傍のテーブルについていた。

「なまえ、大丈夫?何か飲むかい?」
「…いえ、大丈夫です。人に酔っただけですから…」
「てっきり漏れ鍋に宿泊してると思っていたから…ごめんね、迎えに行かなくて」

セドリックはぐったりとしたなまえに席を譲り、心配そうになまえを見た。
なまえの顔色は決してよいとは言えず、気持ち悪そうに口に手を当てていた。
申し訳なさそうにしているセドリックに気にしないで欲しいと伝えて、なまえは吐き気を抑えることに集中した。

少しして、セドリックが水を手渡してくれたのでそれを飲み干し、漸くなまえは顔を上げた。
先ほどまでの吐き気も大分おさまり、めまいもなくなった。

「平気?」
「はい。大分よくなりました」
「よかった。…煙突飛行をしたらまた気分が悪くなるかもしれないけど、大丈夫かな」
「…そうだ、煙突飛行。私やったことないんですよ」

なまえは今まで遠距離外出をしたことがなかった。
オリュンポスは煙突飛行のネットワークに繋がれていないとかで、使ったこともない。
セドリックは驚いたようになまえを見た。

「そんなに難しくはないけど…ちょっと心配だな」
「確か、行き先を間違えずに言えばいいんですよね?多分大丈夫だとは思いますけど…」

煙突飛行のやり方は一応本で読んだことがあった、むせることさえなければ問題はないはずだ。
依然セドリックは心配そうだったが、移動方法はそれしかないので諦めたようだ。
フルーパウダーの袋をなまえに手渡し、簡単に説明をしてくれた。

「僕から行くね。なまえ、気をつけて」
「はい」

セドリックがフルーパウダーを一掴み暖炉に放り入れると、暖炉の炎はあっという間に緑に変わった。
その中で行き先を唱えると炎は一気に燃え上がり、セドリックはその炎に飲まれるような形で居なくなった。
なまえはその様子を興味深そうに眺めて、自分もまねをするようにフルーパウダーを暖炉に入れ、セドリックに教わった名前を間違いなく呟いた。

目の前が緑の炎で覆われ、足がふわっと浮いたような感覚に襲われる、ちょっと怖くなってとっさに目を瞑った。
しかしそれも一瞬で、次の瞬間には足がどこか硬い床に着く感覚がした。
まだ身体が付いていけずに、膝を突いて何とか体制を保った。

が、それもまた一瞬。
今度はふわふわとしたものにのしかかられ、何とか保った体制も崩される。
そのふわふわの塊はなまえを押し倒し、その頬をぺろぺろと舐める。
うっすら瞳をあけると、好奇心塗れの黒い瞳とばっちり眼が合った。

「ライル、やめろ!ライル!…ごめん、なまえ!大丈夫?」
「…いぬ?」

後ろのほうでセドリックがライルと呼ばれた犬を叱っている。
漸くなまえの上から離れたふわふわを制して、セドリックがなまえに清め魔法を掛けた。

「なまえ、よかった!ちゃんと来れたね。ようこそ、我が家へ!」
「え、ああ…ありがとうございます…?あ、お邪魔します」

いっぺんにいろいろなことが起こったので、なまえは少し混乱していた。

あたりは優しいベージュの壁紙で、吹き抜けの天井から日の光が入っていた。
まだぼんやりしている頭をゆるゆると振って、そこでようやくセドリックの後ろに立つ男女に気がついた。

「ご、ごめんなさい…」
「いやいや、構わないさ!煙突飛行が初めてだったんだってね、まだふらふらするかな?」
「いえ、もう大分よくなりました。すみません、挨拶もせずに…」
「礼儀正しい子なのね…でも本当に気にしなくたっていいのよ」

その男女がセドリックの両親であることは想定に容易かった。
男は人懐っこそうな笑みを浮かべ、早口でぺらぺらと話していた。
なまえはそれに若干圧倒されつつも何とか返事をする。
感心したように声を出したのはその隣にいた女性だ、こちらはおっとりとした感じである。

ランはソファーに座るように促され、言われたとおりに座った。
その隣に、先ほどなまえに襲い掛かった犬が我が物顔で座ろうとするのをセドリックが制止する。

「こら、ライル。お前はまたソファーに座ろうとして…」
「セドリック先輩、私は大丈夫ですから」
「そう?ごめんね、凄く人懐っこいんだ…知らない人が来たから遊んでもらおうって必死なんだよ」

ライルは人間気分なのか、なまえの隣にちょんとお座りをした。
その様子をなまえは心底楽しそうに見ていた。

セドリックは少し複雑そうな顔をしてその様子を見ていたが、母親のくすくす笑いではっとしたのか慌てて取り繕った。

「さて、小さなお客さん。はじめまして、セドリックの父のエイモスだ。こちらは妻のメアリー。君の話は息子から聞いているよ!」
「はじめまして、ご夫妻。なまえ・みょうじです。お招きいただき、ありがとうございます」
「本当に真面目な子ね。気にしなくていいのよ、うちは男ばかりで女の子が泊まりに来てくれるなんて嬉しいわ」
「そうそう、華やかになっていいものだ!どうか自分の家だと思ってゆっくり寛いでおくれ」

目の前の椅子に座ったセドリックの父親が口を開いた。
とても快活な口調で、本当に楽しそうだった。
握手を求められるかと思って身を強張らせていたが、セドリックが話したのかなまえには触れようとしなかった。
それにほっとしつつ、夫妻に挨拶をした。

「じゃあなまえ、部屋に案内するよ」
「夕食まで時間があるから、少し散歩でもしてきたらいかが?」
「ああ、そっか。そうしようか。何もないけど…」

セドリックがそういって、なまえのトランクを手にした。
綺麗になまえをエスコートして、部屋を出ようとした際に婦人に声をかけられる。

散歩、と聞いてなまえは少し心躍った。
足元にいるこの大きな犬も一緒に散歩をしたらきっと楽しい。
ライルはなまえの後をついて一緒に部屋を出た。
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