36.あせかきグラス
その日、なまえはきちんと朝と呼べる時間に目を覚ました。
そして髪を整え(今日は三つ編みを左右に垂らすヘアスタイルだ。無論リドルがやった)白いワンピースを着た。
ピンクの靴下とストールを着用して、ポシェットと日傘を持って、1階に降りた。

1階ではコレットが客席の花瓶に花を生けていて、なまえが降りてくるのをみて驚いたように声を上げた。

「なんだ、どうした?今日はなんかあるのか?」
「今日は学校のお友達に会うんです」
「ほー、あ、もしかして前に手紙出した相手か?よかったよかった。このまま夏休み中部屋にこもりきりかと思ってたからなぁ」

心底嬉しそうにそういいながら、コレットはキッチンに入る。
鍋に入っていたトマトのスープをよそって、なまえの前に置く。

「たくさん遊んで来い!」
「はぁ…」

なにやら酷く力の篭っているコレットになまえは戸惑ったように答えた。
はっきり言って暑いし、あまり外に居たくはないのでできればカフェでお話程度にしたいと考えているくらいだ。
たくさん遊ぶというのには程遠い。

トマトスープの隣にスペイン風オムレツとライ麦パン、フルーツミックスヨーグルトが置かれるのを眺めながら、なまえは思った。
やはりセドリックも“たくさん遊びたい”のだろうか。
そうだとすると、少しはそれにあわせたほうがいいのか。
覚悟を決めたほうがいいかもしれない、と力強くフォークをオムレツに突き立てた。


しかし、その覚悟は特にする必要もなかったらしい。
ダイアゴン横丁で無事待ち合わせを成功させた2人だったが、思った以上の人の多さだったので近場のカフェに入った。
アイスティーを頼んだところで、セドリックが口を開いた。

「あー、うん、久しぶりだね」
「お久しぶりです、セドリック先輩」

困ったように世辞を述べるセドリックになまえも苦笑して答えた。
セドリックは少し焼けたのか肌が黒くなっていた。

「やっぱり私服だと大分印象が違うね。よく似合ってる、可愛いよ」
「そうですか?ありがとうございます。セドリック先輩はちょっと日焼けしたみたいですね」
「うん。うちは犬を飼ってるから…毎日の散歩でね」
「犬?犬を飼ってるんですか?」

なまえの瞳が少し輝いたのをリドルは見逃さなかった。
どうやらなまえは魔法生物以外の動物も大好きらしい。
褒められた洋服のことなんてどうでもいいようだった。

セドリックはいきなり積極的になったなまえに少し驚きつつも、答えた。

「うん。ゴールデンレトリーバーって種類。結構大きいんだけど人懐っこくて可愛いよ」
「あの、ふわふわしてて大きい犬ですよね。うわぁ、羨ましいです」

本気で羨ましそうだ。
犬に対するなまえの食いつきっぷりにセドリックは話を続ける。

「なまえ、犬が好きなの?」
「はい。犬だけじゃなくて動物が大好きで。去年ヒッポグリフに乗ったんですけど、それもとっても楽しくて」
「え、ヒッポグリフに乗った?凄いな…。怖くなかった?」
「全然怖くなかったです…むしろとても楽しくて。私、箒が苦手だから、空を飛ぶのって初めてで…!」

興奮気味になまえは話していた。

そんななまえの姿を見るのは初めてだったセドリックは、やはり夏休みに遊びに誘ったのは正解だったなとこっそり考えた。
学校に居るときはどうしても学校の勉強の話ばかりになってしまい、なまえのことを知ることができない。
なまえはあまり自分のことを話そうとはしなかった。
だから、セドリックはなまえの趣味や好きなもの、嫌いなもの、殆ど何も知らなかった。

しかし、夏休みならば学校のことに囚われずに自由に話せるのでは?と考えて誘ったのだ。
目の前で楽しそうにおしゃべりをするなまえは歳相応の少女に見えた。
いつもの大人っぽい雰囲気は一掃され、ただただ幼い少女になっていた。

「そっか。…ねえ、よければなんだけど、うちの犬に会いに来る?」
「え…?いいんですか?」
「もちろん!まさかそんなに喜んでくれるとは思わなかったよ。…実は今日はいくつかお誘いがあって」

丁度頼んでいたアイスティーが来たので、話を変えるにはもってこいだった。
なまえはアイスティーにたっぷりとミルクを加えて、セドリックを見た。

「お誘いって?」
「今年、クディッチのワールドカップがあるんだ。それのチケットを家族分とったんだけど、母は高所恐怖症で行きたくないって言っていてね、1枚余っているから、なまえも一緒にどうかと思って」

クディッチにワールドカップがあること自体、なまえは知らなかった。
ワールドカップと聞いて一番最初に思い浮かんだのは、マグル界でやっていたサッカーを思い出した。
…それも相当人が多そうだ、ということは安易に予想がついた。
なまえが少し眉根を顰めたのをセドリックは見逃さなかった。

「あんまりこういうのが得意じゃないってことは知ってるから、断ってくれていいよ」
「…うーん、ちょっと迷ってますけど、珍しいんですよね?ワールドカップ」
「そうだね。滅多に行われないんだ、流石に魔法使いがいっぺんに集るような大きな試合をするのは大変だから」

それはそうだろう。
聞けばワールドカップはマグルの土地でやるらしい、これは大変なことだ。
魔法使いの殆どがマグルについてのさまざまなことを知らない。
服装から生活様式まで全く違うのだ。
その魔法使いたちが一挙にマグル界の1部に集るというのは、一見危険極まりない。
魔法省が必死に隠蔽しつつ行われるのだろうことは、簡単に想像できた。

せっかく誘ってもらったのだし、行ってみるのも悪くはない。

「何事も、挑戦ですよね」
「じゃあ…」
「ぜひ、ご一緒させてください」
「本当にいいの?うわぁ、楽しみだな!」

セドリックが心底嬉しそうにするので、なまえもなんだか嬉しくなった。
夏休み中、宿にこもりきりだったわけだし、いい夏の思い出になるかもしれない。
コレットやスタッズキッチンのおばさんも遊んだほうが言いといっていたし。
なまえはあの2人にいい土産話ができそうだと少し嬉しくなった。

「それでなんだけど、その会場に行くのにポートキーを使うんだ。家からちょっと離れた場所なんだけど。よければその前後で泊まりに来ない?」
「…お泊りですか。うーん、1泊くらいなら」

元々なまえは人があまり好きではないため、知らない人と一緒に居るのは苦痛だ。
しかしチケットを頂いておいて我がまま言うのもよくない。
移動する1日前くらいから泊まって様子を見るほうがいいだろう。

一泊でも充分だったのか、セドリックは計画を立て始めた。
結局、ポートキーの出発日時の2日前(ポートキーから家が遠いらしい。深夜の2時に出発するのだとか)くらいから家に行くことにした。
そして、キャンプで2泊、それから一度セドリックの家に帰り、煙突飛行で帰ってくるという予定になった。
セドリックは終始嬉しそうだったし、なまえもそこそこ楽しみだった。
人が多いのは大変そうだが、試合以外にもチームの国のパレードのようなものがあるらしい。

それに魔法族の人間がたくさん集ることは滅多にない。
どのようなことになるのか、少し楽しみだった。

話しに夢中ですっかりぬるくなってしまったミルクティーを飲み干す。
冷却呪文で冷えた店内ではこれくらいが丁度いい気がした。


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