35.まっさおな世界
なまえの起床は日に日に遅くなっていった。
理由としては、夜遅くまで作業をしていたり、読書をしているからだ。
何よりなまえは夜型だったらしく、夜のほうが元気だった。

今日も昼前に漸くなまえは目覚めた。

「…んん…っ」
「おはよう。よく眠れた?」
「うん…」
「顔を洗っておいで。…そうそう、ティゴリーから手紙が来ていたよ」

ティゴリーからの手紙が来たのは丁度10時ころ。
リドルがそれに気づき、手紙を受け取った。
中身が気になったが、流石にあけるわけにもいかず、そのままもっていたのだ。

なまえはきょとん、とした様子でその手紙を見ていた。
宛名だけが書かれた質素な封筒だ。
ちょっと気になったのか、封を開けようとしたその手がうろうろと空中を彷徨い、結局手紙に触れることなく降りた。
先に顔を洗うことにしたようだ。

結局なまえはあの告白に答えていなかった。
夏休みに入り、有耶無耶になりつつあったのだが、その手紙で思い出した。
なんて返事をするか、迷ってしまった。

きっと、自分がセドリック先輩を恋愛感情で好きというわけではないことになまえは気づいていた。
パンジーのドラコにむけるようなそれは、なまえには到底もち得ないものだ。
あんな激情に似たような、熱くて一生懸命な気持ちをなまえは知らない。

セドリックを見ても別に動悸などはしないし、ただ一緒に居て居心地が良いというだけ。
チョウがセドリックのことを好きであっても(スティーブがこっそり教えてくれた)ちっとも構わなかった。
むしろ、セドリックには自分以外の人と幸せになってほしいと思うほどだ。
大切なことにかわりはないにしても、彼を幸せにするのは自分ではないと心得ていた。

今度あったら、断りの言葉を口にしようと、そう思っていた。
きっとセドリックはなまえが恋愛相手として自分を見てくれなくても、今まで通りで良いとそう思っているだろう。
去年と同じような生活が、また待っているに違いない。
…そう言い聞かせても、少し怖いことに変わりはなかったが。

「手紙、なんだろ」
「というより、なまえに手紙なんて入学届け以来なんじゃない?」
「…確かに。貴重だね」

顔を洗って、パジャマのままリドルの机に近づく。
その机の端に置かれたシンプルな手紙を手に取り、丁寧に封を切った。


親愛なるなまえへ

手紙を出すのははじめてだね、なんだか変な気分だ。
夏休みはどう過ごしてる? なまえのことだから課題はもう終わっているのかな?
僕は課題を終わらせて、毎日のんびり過ごしているよ。

どこかに旅行に行くのもいいけれど、家でのんびりするのも悪くはないよね。
スティーブはアメリカに遊びに行っているらしいけれど…スティーブらしいといえばそうなのかな?
お土産を早速貰っているので、なまえにもおすそ分けできたらと思います。

そうそう、都合がついて尚且つ、なまえがよければなんだけど、今度会えないかな?
僕は基本的に暇だから、なまえの予定に合わせるよ。
いい返事を待っています。

セドリック・ティゴリー


短い、簡単な手紙だった。
どうやらお出かけのお誘いだった。
なまえとしても夏休みは暇をしているので、会うのは一向に構わない。

「どうするの?」
「うん。会おうと思う。どうせ暇だし…伝えることもあるしね」

リドルが聞いてきたので、簡単に答える。
伝えることもずるずる引きずってしまえば、言い出しにくくなる。
丁度言い機会だし、言ってしまおう。

なまえはそう思って、手紙の返信を書いた。


セドリック先輩へ

お久しぶりです。 連日暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。
私は暑さに負け、少々バテ気味です。

私も誰かに宛てて手紙を書くのは初めてといっていいほどです。
こちら風の書き方が分からず、おたおたとしてしまいます。 こんな手紙で大丈夫でしょうか?

私の夏休みは随分とゆったりしてものです。
課題は終わらせてしまったので、本を読んだり、外を眺めたり、夕方に散歩をしたりと、ホグワーツの休日と同じような生活をしています。

以上の話でお分かりの通り、私も暇をもてあましております。
ですから、ぜひ先輩とお会いしたいと思っております。
私も暇ですので、日程を決めるにしても困り者ですが、来週の火曜日あたりはいかがでしょうか?
お返事、お待ちしています。

暑い日がこれからも続くと思います、ご自愛ください。

なまえ・みょうじ


「これでどう?」

なまえの手紙はリドルが見てもあまりに堅苦しくて丁寧すぎた。
でも、それがなまえらしいといえばなまえらしいので、特に気にすることなく、いいんじゃない?と適当な返事を返した。

なまえはその後パジャマのまま新しい薬品を作るため、隣の部屋へと消えていった。
ポリジュース薬に成功してからというものの、なまえは難しい薬品を作るようになっていった。
それはリドルの予想を凌駕するスピードで、リドルも感心するほどだ。
次は生ける屍の水薬を作るのだと張り切るなまえを呆然として見ていた。

リドルもそれを作るようになったのは5年生の授業で習ってからだった。
調合が難しく、少しのミスで全く違うものになってしまう繊細な魔法薬を作れるレベルにまでなっていた。
それを嬉しく思うとともに、少々恐ろしくも感じた。
なるほど、ダンブルドアが目をつけるわけだとも。

食事も睡眠も忘れて、薬品に熱中する様は、どこか昔の自分を見ているような気分になった。

「なまえ、そろそろ食事にしなよ」
「うん…ちょっと待って」

鍋の火をとろ火に変えたなまえがこちらの部屋に戻ってくる。
汗をかいたパジャマを脱ぎ捨て、質素な黒いワンピースに袖を通した。
上に半そでのボレロを羽織ってから、部屋を出る。

なまえの部屋は廊下の一番奥で、日当たりの言い場所だ。
その隣の部屋も貸切って薬品を作っていた。
この宿、オリュンポスは相変わらず人が少ない。

「よお、なまえ。相変わらず子どもらしからぬ時間にお食事か?」
「でも摂らないよりましだと思いません?」
「まあな。今日はかぼちゃの冷製スープと白パン、ローストチキンのシーザーサラダ、果物盛合わせな。きちんと食べろよ?」

なまえがカウンター席に座ると、キッチンの男が茶化すように声をかけた。
彼はこの宿オリュンポスの主のフィービー・コレット。
ギリシャ人で彫りの深い顔をしていて、最初こそなまえが怖がったが、今となってはよく話す間柄だ。
なまえが薬品を作りたいといったときも、あっさり承諾してくれて、二部屋分を貸してもらえた。
無論、代金は支払うが学生割引(なまえが最初らしい。恐らくは最後になるだろうと彼は言っていた)なることをしてくれているらしく、そんなに高いわけではない。

なまえの前に出された料理はどれも美味しそうだった。
いつもきちんと栄養のこととなまえの食欲を考えて、食べやすく身体にいいものをバランスよく出してくれる。
元々あまり食べるほうではなかったなまえだが、夏ばてもあってさらに食欲は減衰の一途を辿っている。
それを気遣って、さまざまな種類の料理を少しずつ出してくれる。
東洋人の味の好みを知っているのか、薄味が多いのも助かる。

「ねえ、コレット。この辺で梟貸してくれるところある?」
「ん?その辺に行きゃあるけど…そんな量じゃないなら店の使っていいぞ」
「いいの?」
「あんまり使わないからな。…なんだ、手紙を出す友達が居たか。安心した」

冷製スープを飲みながら、なまえは思い出したかのようにコレットに聞いた。
コレットは少し驚いたようにしていたが、店の出窓に止まっている梟を指差して使っていいという。
なまえはその好意に甘えることにした。
コレットは楽しそうに笑っていた。

「まぁ…それくらいは」
「どうせ向こうから手紙くれたんだろ?ちゃんと返せよ」
「…うん」

どうやらコレットにはすべてお見通しのようだった。
確かになまえは手紙をかくような性質ではないが。

なまえは食事を残すことなく終え、コレットの梟を手に部屋に戻った。
梟に書いた手紙を持たせて、窓から外に放り投げた。

「…なまえ、今のは酷くない?」
「だって暑いんだもん…申し訳ないけど」

外のぬるい風が入ってこないように、すぐに窓を閉めて、なまえは苦笑した。
申し訳ないとは思っているようだ。
窓の向こう側で青い空の中を気だるげに飛ぶ梟を見送り、なまえはまた隣の部屋へと姿を消した。

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