30.まんげつのよる
満月の夜、なまえはいつもどおり薬草を摘みに校外に出ていた。
満月草が取れるのは満月の夜、月に一度だけなのでリスク承知で採りにいっている。
リドルが常に周囲を警戒してくれているので、なまえは薬草摘みに集中できた。

今年に入ってから、特に問題は起きなかった。
しかし、今日ばかりは例外らしい。

『なまえ…聞こえる?』
「…何が?」
『森を出よう。何かいる…』

背後のリドルがはっとしたように、振り向く。
そして、そのままなまえに問いかけた。

なまえは不思議そうにそのリドルを見ていた。
風の音以外は何も聞こえなかった。
しかし、リドルは何か嫌な感じがするのか警戒している。
こういう時はリドルの勘に任せたほうが良いとなまえは思っているので、素直に学校のほうに向かう。

向かっている最中、なまえにもリドルが聞いていたと思われる音が聞こえた。
何か、狼のようなものが吼える声。
今までこの森で狼に遭遇したことはない、そして今日は満月。
それを考えると、人狼である可能性が高い。

なまえは駆け足で来た道を戻る。
リドルは終始その周りを先回りして確認していた。

「…っ!?犬…?!」
『なまえ!逃げろ!』
「伏せろ!」

ランの背後の茂みから飛び出してきたのは真っ黒な犬。
その犬は間違いなく、逃亡したシリウス・ブラックだった。

なまえは両方から別々の指示を受け、混乱してしまい、とりあえずその場にしゃがみこんだ。
その上を何かが飛び去った。

「っ、スピューティファイ!」

なまえの前方に現れた影に、反射的に麻痺呪文を唱える。
影は目の前の犬が人間になったことで、そちらに集中してなまえの存在には気づかなかったようだ。
麻痺呪文はうまくその影にあたり、それは倒れた。

「人狼…?」
「なまえ!大丈夫だったか…?」
「ひぁっ…シリウス・ブラック」

なまえはその影が人狼であることにようやく気がついた。
さっと血の気が引くような感覚に陥る。
犬であるシリウスを追って人狼がなまえの上を飛び越えたのだ。
瞬時にしゃがみこんだお陰で人狼の目に止まらなかったのがよかった。

そこまで考えて、目の前の人物に目をやる。
先ほどまで犬だったシリウス・ブラックが心配そうになまえを覗き込んでいた。
それにまたなまえは小さく悲鳴を上げる。
てっきりリドルだと思っていたため、今度こそなまえはその場にへたり込んでしまった。

「悪い、怖がらせて…」
「…いいです、別に…。一体何が起こってるの…?」
「お前は早く学校にもどれ。ちょっと面倒なことになってるから」
「無論、そのつもりです。随分派手に動いたんですね」

慌ててなまえの前からどいたシリウスは、申し訳なさそうな顔をしていた。
指名手配書よりもヘタレているというのが印象だ。
魔法界の写真は確かに面白いが、撮った瞬間の動きや表情が鮮明すぎて、第一印象がより固定される。
だから、今のシリウスを見ても、指名手配犯と思える人は少ない気がしたが、そんなことは今どうでもいい。

シリウスはなまえの手を引こうと手伸ばしたが、なまえはとっさにその手を避け、立ち上がった。
それを気にすることなく、シリウスはなまえから距離をとった。

「さよなら、犬さん」
「おう。今までありがとな」
「いいえ。それでは」

なまえはそれだけ言って、学校のほうへ走った。
シリウスは穏やかな声をしていたし、笑っていたから後味は悪くないと思う。
森を出るまで振り返ることなく走り、人に見つからないようにこっそりと校内に戻る。

「吃驚した…まさか人狼がいるなんて」
『僕も驚いたよ。恐らくルーピンだろうね。休みはいつも満月前後だったから』

満月草などは規定量取れたので問題ない。
流石のリドルも人狼には驚いたようだが、冷静に分析していた。

これからは満月の日に外に出るのは危険だろうかと思ったが、今までなんともなかったのにいきなり人狼が襲い掛かってくるというのもおかしい。
ルーピンが教師である限り、ダンブルドアが何らかの処置をしていたのだろう。
しかし、今日だけ何かしらのトラブルがあったと考えるのが適当だ。

『とりあえず部屋に戻ろう。明日になれば大体状況はつかめると思うから』
「そうだね。疲れたし、シャワー浴びて寝る…」
『それが良いよ』

なまえは今夜一連のことで随分疲れてしまったようだ。
部屋に戻るとローブを脱ぎ捨て、早足でシャワーを浴びに行ってしまった。
リドルはなまえの脱ぎ捨てたローブを畳み、摘んできた薬草の処理を済ませた。

薬草の処理を終えたところでなまえがシャワーを済ませて帰ってきた。
濡れた髪のままベッドに飛び込もうとしたなまえを抱きとめ、髪を乾かすように促す。
なまえは渋々杖を出して、髪を乾かしてからベッドにもぐりこんだ。

「おやすみ…」
『おやすみ』

外の満月の明かりも気にならないのか、なまえは窓のカーテンも閉めずに眠りについた。
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