26.スポーツかんせん
なまえはいつもどおり、朝起きた。
同室はいつもと違って騒がしい、いつもなら皆起きていない時間だというのに。

「あら、なまえ。おはよう」
「おはよう…みんなクディッチの試合?」
「ええ!もちろん!」

うきうきとメイクをしているパンジーを見つつ、なまえはいつもどおりシャワーを浴びた。
浴びて、髪を乾かしているときにふと思った。

「私も髪とか結ってそれっぽくしたほうが良いかなぁ…」
『うん。そのほうがいいと思うよ。人も多いし、今日はそれなりに暖かいみたいだし』
「ここでできる?」
『多分ね』

同室が全員部屋にいる今、リドルにやってもらうにはシャワールームしかない。
湿気がすごい場所だが、一応鏡はあるし、櫛やヘアゴムもある。
個室のシャワールームのカーテンを引いたのと同時に、リドルが実体化する。

「よし、じゃあポニーテールにでもしようか」
「あんまりしたことないね」
「夏場は学校がないし、バイトのときはなまえが面倒くさがるから。涼しくていいと思うんだけど」

なまえの髪を纏めて丁寧にアップにしていく。
髪の量が人よりも多いので、少し逆毛を立てるとふわふわになる。
湿気も合わさり、まるで長毛種の猫の尻尾みたいだった。

案外早くに髪を結び終わり、なまえはシャワールームを出た。
自分のベッドに戻り、サイドテーブルからクリスマスにリドルから貰った髪留めを併せて付ける。

「あれ、なまえ。今日ポニーテールなの?」
「うん。…似合わない?」
「ううん!よく似合ってるよ。珍しいなって思っただけ!」
「よかった…ありがとう」

いつもは後ろ髪を少し残す髪形が多いため、全アップは珍しい。
リドルから貰った濃い緑の大きめなリボンもそれによく似合っていた。

なまえは同室の子達よりも早めに部屋を出た。
スリザリンの談話室はいつもよりも随分と騒がしい。
普段は静かなスリザリン生も、クディッチとなれば話は別らしい。
クディッチには魔法使いを変にさせる魔法でもかかっているのかと思うほどだ。

寮を抜け出し、エントランスに行くと、すでにセドリックが待っていた。
早めに出たので、なまえが少し待つことになるかとも思っていたが。

「セドリック先輩、早いですね」
「なまえこそ。僕は楽しみで早く起きちゃったから…。今日の髪型可愛いね」
「え?ああ…スポーツ観戦なのでちょっと変えてみたんです」

似合ってるよ、言われてなまえはほっとしたように微笑んだ。
セドリックはなまえの隣を歩く。
なまえの歩幅に併せてゆっくりだったので、結局会場についたのは始まる15分ほど前になった。

少し時間は早いが、ハッフルパフの席はそれなりに埋まっていた。
セドリックが案内してくれた席は一番前の席だった。
下を覗くと、案外高さがあってぴしりとその場で固まってしまった。

それを見ていた、セドリックの隣の青年が声を上げて笑った。
なまえの背後に回り、驚かすように言う。

「おっもしろいなー、彼女!あんま下ばっかり覗いてると落ちるぞー?」
「ひゃっ…!」
「スティーブ!本当に落ちたらどうするつもりだ!」

驚いて小さく悲鳴を上げるなまえに気づいたセドリックがスティーブをしかりつける。
なまえはすぐにベンチのほうに戻り、ちょこんと座り込んだ。
セドリックは本当に怒っているのか、まだスティーブを叱っている。
一方のスティーブはへらへらとそれ流し、なまえと席を1つ空けて座った。

「ごめんごめん。俺はスティーブ、覚えてるよねー」
「いえ…なまえです。覚えてますよ」
「礼儀正しくていい子だねー。変わった名前だけど、アジアのほう出身?」
「そんなことないです…。私はアジアの極東の島…日本って言うんですけど、そこの出身で」

そういえば、出身地を聞かれたのは初めてだ。
イギリスでの日本の認知度がどれだけなのか分からないので、場所まで言ってみた。
やはりスティーブは分からなかったのか、首をかしげている。

「えっと…位置的には中国の隣くらいで…あ、海をはさんでですけど」
「そんなところに島国なんてあったっけ…?」

日本の認知度は相当低いらしい。
これ以上の説明はできないので、なまえは口を閉ざした。

すると後ろから見知らぬ声が降ってきた。

「朝鮮半島の先にある細長い島国よ。ハイテク産業で有名なの。トヨタとかミツビシとかは日本の会社よ」
「え?そうなの?車とかで有名なんだね」
「え、ああ。そうですね。車とかコンピュータとか…マグルにしか浸透してないと思いますけど」

スティーブはマグルのことも知っているらしく、車の会社だということに気づいたらしい。
考えて見れば、マグルの話を一切しないのはスリザリンならではのことだ。
他の寮ではマグルの会社の話や生活用品の話をすることもあるのだろう。
自然にマグルの話題を避けていたなまえにとって不思議な感じがした。

声をかけてくれた人のほうを見ると、自分と同じような黒髪をしたアジア系の女性が座っていた。
目が合うとにっこりと笑いかけて、こちらに降りてきた。

「ああ、チョウじゃないか。レイブンクローもこの辺の席だったんだね」
「スリザリンやグリフィンドールの近くはごめんだもの」

他の生徒と話していてセドリックがランの元に戻ってきてた。
その際、後ろから来た女性に気づき、挨拶をしていた。
知り合いらしい。

スティーブがその様子を楽しそうに見ていた。

「はじめまして、チョウ・チャンっていうの。中国出身よ。よろしくね」
「あ、はい…なまえ・みょうじです。よろしくお願いします」
「こっちってアジア出身の人、少なくって。ちょっと安心したわ」

同じアジア圏の人でも、こんなに見た目が違うんだなとなまえはしみじみ思った。
聞けばチョウはなまえの1つ上の先輩だが、なまえよりずっと大人びて見えた。
言ってしまえば、なまえが一般的なアジアの人よりも童顔なのだが少々コンプレックス気味である。

その後チャンはセドリックと話していた。
話し相手の居なくなったなまえはぼんやりと観客席を見渡す。

フィールドをはさんで目の前の席は来賓及び教員の席らしい。
こちらよりもずっと空いていて、大人が多い。
右隣はグリフィンドールで、赤や金で作られた旗やライオンのモチーフが目立つ。
左隣はスリザリンで、緑や銀の旗や蛇のモチーフがてらてらと光っていた。
両隣とも異常な熱気だけが共通している。

やはり今までクディッチの試合を見に来ることがなくてよかった。
1人で観に来ようものなら人酔いと熱気で倒れていたかもしれない。


一方のハッフルパフ、レイブンクローの共同席は静かなものだった。

「どうしたの?なまえ…やっぱりスリザリンのほうがよかった?」
「いえ!スリザリンのほうに行かなくてよかったなと思いまして。本当に誘ってくれてありがとうございます」
「そう?ならよかった。どういたしまして」

なまえがスリザリンのほうを見ていたのが気になったのかセドリックが声をかけてくれた。
先ほどまで話していたチョウはいつの間にか席に戻っている。

セドリックがハッフルパフの席に連れてきてくれたお陰で静かに観戦できそうだし、新しい知り合いもできた。

「あ、始まったね」
「…すごいですね、私、箒全然乗れないので羨ましいです」

箒に乗った選手たちがびゅんびゅん飛んでいるのを、なまえは羨ましそうに見ていた。
1年のときの飛行訓練では5メートルも飛べなかったのだ。
箒に舐められていたのか、それともなまえの実力がないのか…恐らく両方だろうが。

スリザリンの選手にはドラコも居た、位置的にはシーカーのようだ。
自寮のことだというのに全然知らなかった。
一方のグリフィンドールのシーカーはハリーポッター。
同学年のライバル同士ということもあり見ものかもしれなかった。

「ポッターの箒がファイアボルトになったって聞いてたけど…本当だったんだ」
「まじかよ、あんなん学校の試合で出されたら誰も勝てねーだろ…」

セドリックとスティーブは箒の性能について話していた。

良く分かっていないなまえに後ろからリドルが解説するには、今ある箒の中で最も早い最新作の箒らしい。
公式試合などに使われるような種類のもので、学校の試合に出せば試合にならないのでは?という話のようだ。
スリザリンのファウル塗れの泥試合も箒の性能がよすぎるグリフィンドールもどっちもどっちだ。

「それにしても…すごく危ないですね」
「普段はこんなじゃないよ…スリザリンとグリフィンドールの戦いだから…」
「日ごろの鬱憤とかのぶつけ合いみたいだもんなー」

スリザリンの選手がグリフィンドールの選手に体当たりを食らわせている様子を見てなまえは唖然とした。
箒から落ちたら一体、何メートル落ちることになるのだろうか。
いくら魔法で簡単な怪我が一瞬で治せるとしても、トラウマになるだろうに。
セドリックやスティーブは見慣れているのか苦笑を溢すだけだった。

この試合、グリフィンドールが優勝するには200点の差をつけなければならない。
その為、ポッターはスニッチを探しつつ仲間が得点を入れてくれるのを待っている。
一方のスリザリンはファウルをしてでも、得点が入ってしまうのを防ぐという状態。

「あ…あれスニッチですか?」
「え?あ、本当だ!」

ぼんやりと上空を見たら、そこにはきらきらと光る金色のものが見えた。
小刻みにハチドリのように動くそれは、間違いなくスニッチだ。

なまえが見つけ、セドリックが見つけるのと同時にポッターとドラコが動いた。
しかし、箒の性能の差か技術の差かは定かでないが、ポッターが先にスニッチを掴む…と思ったそのとき。
ドラコがポッターの箒にしがみついた。

「え!?」
「ひっでぇな!」

隣のセドリックは驚いたような声をあげ、その隣のスティーブは怒り心頭といった様子だ。
サッカーでたとえるなら、ゴールを決めようとした選手にタックルするようなものなのだろうか。
グリフィンドール以外の寮からもブーイングが出るほどだ。
スリザリンは特に気にするでもなく、有頂天になっている様子。

その後、怒りで集中力を無くしていたグリフィンドールだったが、冷静さを取り戻すとまた攻撃を始めた。
実力的にはグリフィンドールのほうがあるのだろうとなまえは冷静に観察をしていた。
隣のセドリックはスティーブに釣られてか白熱し始めた試合に興奮気味である。

グリフィンドールのチェイサーがスリザリンの防御をかいくぐって一点を入れた。
盛り上がる場内になまえは惑わされずに、ドラコを観察していた。
ドラコはさまざまな声の中、1人冷静にスニッチを探していた。
そして、下のほうにあったスニッチを見つけた。
幸い、ポッターは自寮の得点に夢中になっていて気づいていない。

「頑張れ、ドラコ」

卑怯といわれようと何と言われようと、なまえはスリザリンが嫌いじゃない。
裏で一生懸命努力していることも知っている。
それが表立ってでないだけで、スリザリンはかなり努力家のいる寮だ。

ドラコが急降下を始めたのに、少し遅れてポッターが気づいた。
ポッターは猛スピードでドラコを追いかける。
最初は大分リードしていたものの、ポッターはそれにどんどん近づいていく。

そして、2人はとうとう並んだ。
目の前にはスニッチ、これで勝負が決まる。
ポッターは箒から両手を離して、片手でドラコの手を振り払い、もう片方の手でスニッチを取った。
その瞬間、会場がわぁっと盛り上がった。

「ポッターがスニッチを取った!グリフィンドールの優勝です!」
「…ドラコ、大丈夫かなぁ…」

セドリックとスティーブはわいわいと今あった試合の事を話していた。
なまえは地上で騒ぐグリフィンドールの隣で、泣きそうな顔をしているドラコを不安げに見た。
悔しかっただろうし、プレッシャーもすごかったと思う。
寮に戻って、少ししたら声をかけようとなまえは静かに思った。
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