19.くらやみのしあわせ
ブラック侵入事件があったにもかかわらず、クディッチの試合は予定通り行われるらしい。
何と言うか魔法界の人は何故こんなにもクディッチ狂なのかという論文が作れてしまうのではないかと思ってしまうほどだ。

なまえはクディッチの試合の日に1人、3階の女子トイレの前にたたずんでいた。

「去年、リドルとここであったんだよね。懐かしいな」
『そうだね。もしなまえがいなかったら僕はここで消えてたんだよ。本当に感謝してる』
「…リドルは存在できて嬉しい?こんな状況でも?」

なまえは本当に不思議そうな目で僕を見た。
言いたいことはなんとなく分かる、僕は将来ヴォルデモートとして嫌悪していたマグルを殲滅させるために活動している。
過去の僕は去年、ホグワーツからマグル生まれを消すために活動した。
しかしそれは失敗し、今はなまえの傍で静かに過ごしている。

今でもマグルは嫌いだ、だけど今はそれ以上に大切なものがあって。
それを守るためなら、その思いさえも押し留めることができた。
マグル生まれでもなまえのためになるなら、泳がせてもいい。

なまえのためなら、何者も生かしてやるし利用しよう、それが誰であっても。

『嬉しいっていうのかな…でもやりたいことはできてる。だから幸せではあると思うけどね』
「ならよかった。リドルが幸せならいいよ」

なまえは微笑んで、リドルの真っ赤な双眸を見つめた。
そこまで言って恥ずかしくなったのか、俯いてそのまま喋らなくなった。

『僕も…僕もなまえにあえて幸せだよ…、さて、恥ずかしいのはこれくらいにしようか。中に入るよ』

ここでお互い恥ずかしがっても仕方が無いので、僕がそう言うとなまえは大人しく後からついてきた。
女子トイレにはマートルがいるが、僕の姿は見えないので心配は無い。
だが無論なまえの姿は彼女に見えている。

「あーら!こんなところに何しにきたの?マートルにごみを当てよう!ってわけ?!」
「そんなこと1人でやってもつまらないと思わない?私、ただここに来たかっただけなの」

なまえはさらりとその自虐を流して、手洗い場に向かう。
秘密の部屋に繋がる場所はすでに教えてあるので、まっすぐにそこに向かう。
後ろにいるマートルは呆然とたたずむだけで、それ以上は何も言わずに下水管の中に戻っていった。

なまえはそれを見届けると僕を実体化させた。

「今開くからちょっと離れて」
「うん」

なまえを少し手洗い場から話してから、秘密の部屋への扉を開ける。
手洗い場だった場所にはぽっかりと深い穴が現れた。
なまえはじっくりとその様子を観察していたが、全てが終わった後に一言。

「別にスリザリンを馬鹿にするわけじゃないけど、どうしてここに作ったんだろうね。リドルも入るの恥ずかしかったんじゃない?」
「…まあね。とりあえず僕の後について来て」

なまえの言葉に軽く相槌を打ち、先に穴に入る。
下についてからなまえに合図すると、なまえも入ってきた。
落ちてきたなまえを受け止めて、先に進む。

「ここがスリザリンの秘密の部屋だよ」
「…悪趣味」
「…僕もそう思うよ」

確かに悪趣味だ、僕も最初に見つけたとき思った。
それはさておきだ。

その部屋の中央に大蛇の遺体があった。
ダンブルドアも流石にここには入れなかったようで、あのときのままだ。
横たわるバジリスクの遺体になまえは恐る恐る近づく。

「牙には触らないように。牙と毒は僕が取るから。なまえは鱗を取って」
「分かった」

僕も昔はこうしてバジリスクの鱗や毒を売っていた。
だからバジリスクの毒の扱いは慣れているし、もし毒に触れてしまったとしても僕は記憶なのだからあまり問題は無い。

なまえは僕の傍で丁寧に鱗を剥いでいた。
時々慈しむようにその鱗を撫で、それから鱗を剥ぐ。

「これくらいで良い?」
「うん、今のところはそれくらいで十分だよ」
「そう。そっちは?」
「こっちももう良いと思う。売る分と保管用、どっちも採れたよ」

なまえは数十枚の鱗を持ってきた袋につめている。
同じように僕も毒の入った瓶に保護魔法をかけてから袋にしまう。
先にその作業を終えたなまえが、じっとバジリスクを見つめていた。

「どうしたの?」
「…ねえリドル。これだけあればもう十分でしょ?供養してあげようよ」

動物好きななまえにとってこのままの状況でここに放置されているバジリスクに哀れみを覚えたのだろう。
確かに、これからの生活で必要な分は採った。
しかしこれから何があるか分からないのだから、もう少し保険としてこのまま保管しておきたいというのが僕の考えだ。

バジリスクは体内の毒で腐敗するのが遅い、あと1,2年はこのままの姿を保っていられるだろう。
しかし、なまえはそれを望まないようだ。

「…分かった。でもそうするなら、もう少し採っていこう。保存用にね」
「うん」
「それが終わったら燃やすでいいね?」
「うん」

毒は小瓶に入れておけばそんなに場所をとらない上に高価で、研究価値もある。
新しい毒も造れるだろうし、もしかしたら新薬が作れるかもしれない。
昔に僕もそれは考えたが、そんな研究をしている暇があったらマグル殲滅の方法を考えていたほうがいいとその考えを見捨てた。

もしかしたら、僕が存在している理由は、僕が過去に捨てた道をたどるためにあるのかもしれない。
過去に捨てた一般人としての道、研究者としての道、人を愛する道。
それを僕は今辿っているのではないか。
今の僕は幸せなのだろうか、それはいまいち僕にすら分からない。
けれど、今ここに存在する弱い僕は、…断言しよう、幸せだ。

その幸せがどこから来るものか、どうしてなのか、具体的なことは分からない。
ただ、なまえが成長する姿を、笑う姿を見ていると、ほっとした温かい気持ちになる。
今までこんなことは無かったから、最初は戸惑ったけれど、今はただひたすらに幸せだった。
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