136.思案と不安
なまえはキッチンを出て、バーカウンターを通り抜けて、部屋に続く階段を登った。
コレットがどのくらいで帰ってくるのかわからないが、リドルが実体化している以上、部屋に戻った方がいいだろう。

「部屋に戻る?」
「うん。脱狼薬のストックを作っておきたいし」

なまえは着ていたコートを脱いで、カーディガンの袖をまくった。
コート類はすべて寝室のベッドに放り投げ、隣の部屋に続く扉を開く。

人狼たちを闇の方に連れて行かれないようにする手立てとして、なまえは脱狼薬の提供を考えていた。
脱狼薬は、難易度の高い緻密な調合と、素材の高価さから非常に高値で取り扱わられる。
そのため、ノクターンにいるような人狼たちには決して手にすることができない薬だ。
その上、作ったとしても買ってくれる人が言い値で買ってくれる可能性が低すぎるため、作る人もそういない。
なまえはその薬を一昨年から作る練習を始め、最近ようやく調合できるようになった。
まだ治験を済ませていないため、比較的大人の人狼にこのクリスマス中に渡して試してもらいたいと考えていた。

なまえは今まで薬草の卸売りから薬の販売まで幅広く取り扱ってきた。
そのノウハウと伝手、それから評判で、ノクターンにおいての知名度がないわけではない。
なまえの作った薬のラベルには、オリュンポスの看板が印字されており、オリュンポスの薬屋というざっくりとした名称で、安い上に品がいいと噂になっている。
ノクターンの相場で脱狼薬を作り、それを提供することで、善良な人狼をこちら側へ引きずり込むことができるのではないかとなまえは考えていた。

「闇の勢力が増えれば増えるほど、ノクターンは危なくなるし、戦いは長引くしで面倒だもん」
「間違いない」

薬剤室の入口脇にかけてある白衣に袖を通して、なまえはリドルの方を振り返ってみた。
いつもならなまえについてくるリドルが、コートを片してもなおついてくる気配がなかった。
なまえはそのことに首を傾げて、どうしたの?と声を掛けた。

「ごめん、ちょっと気になることがあるから」
「…何?」
「言えないけど、すぐ隣にいる」

リドルが言えない、と言った瞬間に、なまえの顔が変わった。
なまえが無表情と笑み以外の表情を浮かべるのは珍しいことだ。
言葉にするのは難しい表情だったが、怒っているような戸惑っているような、そんな顔だった。
それも想定していたのか、リドルは、なまえの傍に寄って、信じて、と囁いた。
なまえはそれでも警戒を解かなかったが、わかった、と呟いて部屋のドアを閉めた。

明らかに怒っているらしいなまえの横顔に苦笑いしながらリドルは部屋の引き出しの中に入っている革の袋を手に取って、ベッドに腰かけた。
休暇前にホグズミートで手に入れたスリザリンのロケット。
分霊箱であることは明白で、リドルはこれについて確認したいことがいくつかあった。
別に危険なことをするつもりもないからなまえがいても問題はない。
なまえにあんな顔をさせてまで突き放す必要はなかった。
ただリドルにはなんとなく自分が分霊箱について興味を示している姿を見られたくないという思いがあった。

「…そもそも生きてもいないのに、何にしがみつくつもりなんだろうな」

ペンダントを握りしめると、じゃら、と重い音を立ててネックレスチェーンが音を立てた。
サイドテーブルに置かれた羽ペンと羊皮紙に、覚えている限りで分霊箱のことについて書かれていた本のことを書き連ねていく。
そもそも分霊箱は切り分けた魂を入れた箱のことだ。

箱となりうる器は、基本的に何でもいいが、もろいものだと壊れることがある。
魂を切り分ける方法は殺人、そして、記憶のリドルが覚えている殺人は2度。
そのうちの1度目の殺人で自分が、2度目の殺人でもう1つの分霊箱が作られたと考えられるが、何が分霊箱になっているかは自分の記憶にはない。
スリザリンのロケットは、学生時代には持っていなかったものだ。
恐らく2度目の殺人の際に作られた分霊箱は、ゴーントの指輪だろう、同じ年に手に入れた大きなものはそれ以外ない。
そして、今手元にあるスリザリンのロケット、覚えている分霊箱の中で唯一、意識を持っているのはリドルだけだった。

分霊箱の知識を書くだけ書いて、思い出せることもすべて書いてみた。
自分が記憶を持った分霊箱を作ったのは、ただ単に自己主張のためだろう。
偶然にも表沙汰になることがあったからこうも大きな問題になったが、本来の目的は問題を起こすことではなく、スリザリンの後継者が作ったものであることの証明のために作られた。

「あー…やめよう」

スリザリンのロケットを開いてみたりしてみたが、別に何か得られそうなことはない。
記憶が自分について考えても、意味はない。
それどころか、自分が考えたいところから離れて行ってしまう。

この世に残り続けること、それがリドルの目下の目標だ。
自分が消えない確証が欲しい、そう思うのはきっと、今のヴォルデモートと同じで、きっと根本は昔から変わっていないのだとリドルはため息をついた。
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