スタッズキッチンは、この時勢でもいつも通り込み合っていた。
大抵、夏にしかやってこないなまえに料理人もおばさんも驚いた顔で迎えた。
「クリスマスなのに帰ってきたのかい」
「はい、色々あって」
「そうかい…いやなご時世だねえ。あんまりここで食べてくのもアレだろ。スープくらいにしときなね」
「はい、ありがとうございます」
テーブル席はすべて埋まっていたので、なまえは自分がかつて住んでいた倉庫に最も近い、カウンター席の一番端に座った。
そこは倉庫への階段が近くにあるため、大人が座るには椅子が引ききれず狭い場所だ。
ただ小柄ななまえは問題なくそこに納まることができる。
混んでいるときはよくここに座っていた。
また、そのカウンター席からはテーブル席と、自分よりも入り口側に座るカウンター席の客が良く見える。
普段、スタッズキッチンに来ている客はどの人も身なりがあまり良くはない。
しかし今回、その中に身なりのある程度いい人も混ざっていた。
「…ああ、あれかい?最近多いんだよねえ、これもご時世ってやつさ」
「あの人は、普段何をされている方なんです?」
「あいつは人攫いさね。気を付けるんだよ。お前さんみたいに若くて可愛い子を夜に攫って売りさばくのさ」
だから、もう絶対に路地裏で一晩明かすなんてやるんじゃないよ、と笑いながらおばさんはキッチンへと消えて行った。
流石にもうそれはない、と苦笑いをしながらなまえはその男を見ていた。
男はまだ若く見える、コレットよりも年下、20代くらいだろうか。
黒い革のジャケットに、シャツとジーンズ、それからシルバーのアクセサリーがジャラジャラついている。
ああいうガラの悪い若者は久しぶりに見た。
『あー…なんか典型的な馬鹿っぽい』
優等生代表リドルが遠目でその男を見て、そういった。
典型的な馬鹿といってもいろいろあるような気がするが、わかるのが不思議だ。
人攫いと聞いて、なまえは少し考えるところがあった。
女子供を狙って攫うような人たちがハーディス地区に入り込み、攫い出す可能性もないとは言えない。
人狼とは言え、満月の時以外は力のないただの子供だ。
「人攫いか…」
『もともとは指名手配されてる人とか、特定の恨まれている人を見つけて攫うっていう仕事のはずだけどね』
そんな仕事があってたまるか、と苦笑いしたなまえの前に、スープが置かれた。
ふとカウンターの方を見ると料理人が不愛想になまえを見ていた。
「あんま、見てんな。目ぇ付けられんぞ」
「あ、はい」
なまえは料理人の言葉に素直に頷いて、スプーンを受け取った。
今日見たこと、それからこれからコレットに聞くこと、このクリスマスにやるべきことはたくさんある。
ただ、今はスコッチブロスの素朴な味を楽しむことにした。
スコッチブロスを食べ終えて、なまえは1人オリュンポスに戻った。
オリュンポスは普段、主がいないときは鍵が閉まっている。
それに加えて、ルーン文字による強い結界術も張られているため、認められた人間以外の立ち入りは非常に難しい。
ただなまえはこの宿の借主であり、鍵を持ち合わせていた。
アンティークな部屋鍵を持って、裏口に回り、とある呪文を唱えるとコレットがいなくても出入りができる。
まるで家に鍵を忘れてきてしまった子供と、それを見越して植木鉢の下に鍵を隠す親のようなやり取りであるとなまえは感じている。
「なまえ、一つ気になることがある」
「うん?」
「マルフォイのこと。前に鍵を見ただろう?あの鍵の模様、どこかで見たことがあると思ってずっと考えてたんだけど、思い出した。ボージンアンドバークスのキャビネットの金具の模様と同じだったと思う」
「ボージンアンドバークス…」
「この休みに、もう一度行って確認したい」
裏口から中に入ると同時に、リドルが姿を現した。
最近、あまり姿を現すことに抵抗がなくなってきてるな、と思いながらもなまえは彼の話に耳を傾けた。
ボージンアンドバークスにいる主人は、なまえのことをあまり良く思っていないだろう。
それこそ、コレットについてきてもらわなければならないだろう。
少し気が重いが、早いところ真相を明らかにしておきたかった。