134.ハイリスク
次の日の昼過ぎに、なまえはコレットと共にノクターンを歩いていた。
黒いコートの上に乗る白い雪を払いながら、なまえは雪の積もる屋根を見上げた。
大きめの蝙蝠傘はコレットが持っていてくれているから、なまえは手ぶらだ。

「…寒」
「冬だから当たり前だっての。学校暮らしのお嬢様には分からんだろうけどな」
「昨日から当てつけがひどくない?」
「お嬢様が学校にいる間に色々あったんだよ、察してくれ」
「心中お察しします?」
「何も察してないのに何言ってんだ」

呆れたようなコレットの顔に、なまえは笑って返した。
察してはならないことをなまえはよくわかっているし、コレットも分かっている。
無意味で軽口を叩き合いながら、雪で白く染まった小道を歩く。
メインストリートから外れたこの道にはよく、浮浪者が眠って居たり、怪しげなマントを羽織った老婆が物乞いをしていたりしたものだが、今は人気がない。
ノクターン全体に言えることではあるが、まるで靄を払ったかのように、怪しい雰囲気はなくなり、殺伐とした冷たい雰囲気がある。
それは間違いなく、人が減ったことにあるだろう。
どこに行ってしまったのか、なまえには皆目見当がつかないが、とにかく人がいない。

なまえが怪訝そうに周囲を見ているのに気が付いたコレットが、こうなったのは今年の夏過ぎからだと伝えた。

「まあ、言っちゃ悪いが、こういう時は確かに稼ぎ時なんだろ」
「稼ぎ時?」
「ハイリスクハイリターンな駆け引きが多くなるからな、時代の変わり目は」

コレット曰く、以前ヴォルデモートが勢力を持っていたころも同じようなことが起こったそうだ。
大抵の浮浪者は彼の仲間になり、日雇いの仕事に出ていた。
帰ってくるものもあれば、帰ってこないものもある。
ただそれを嘆く人も悲しむ人もいないから、あまり問題にもならないという。
なるほど、となまえは頷いた。
確かに、ノクターンの人間は使い捨てにはもってこいだ。

きっと、ヴォルデモートが世界を牛耳ったとしても、そうならなかったとしても、恐らくは世界が落ち着けば元に戻るのだろう。
その犠牲が身近なところに出ない限り、誰もが無関心のまま、自分だけのために動く。
ノクターンはそういうところだ、なまえはそれを否定するつもりも批判するつもりもない。
ただ、その身近な犠牲が自分のテリトリー内で起こるのだけは避けたい。

「で、とりあえず、ハーディス地区に顔出すか?」
「ううん。ハーディスはいいから、先にヘカテ地区かな…」
「…ヘカテか。まああそこもキナ臭いな」
「たぶん殆どあの人の方に傾倒してるんだろうけど」

子供の人狼たちがいるハーディス地区に行くことも考えてはいたが、あちらはまだ手を出されないだろう。
即戦力になるのは間違いなく大人の人狼だろうから、そこを抑えてから手を伸ばすに違いないというのが、リドルの予想だった。
なまえも同じ意見だったので、今回は大人の人狼たちが住むヘカテ地区に行くつもりだった。

ヘカテ地区は治安が悪いことで有名だ。
住人の9割が人狼で、そこには大抵の人間は立ち入らない。
人狼だけで自治を取っており、中には魔法を扱える人もいる。
迫害されてきた歴史や経験を持つ人狼たちは、魔法族だけでなく、一般的な人にも憎悪を持つ。
マグル云々というより、ただ自分たちの憂さ晴らしや復讐のために加担する者も多いだろう。

「ヘカテならルーク呼び出した方がよくないか?なまえみたいなお嬢さんは嫌われるぞ」
「うん。だと思うから、本当に様子を見るだけにしたいの。ちょっと散歩」
「お前、動物園に狼見に行くんじゃないんだからな?」
「そりゃそうだけど、それ以外にどうやって話を聞くの」
「俺が聞いてくる」

ヘカテ地区に向かう一本道の前で、コレットは足を止めた。
なまえは驚いてぱっとコレットの方を見た。
彼は面倒くさいを貼り付けたような顔をしていたが、目は本気だ。

普段、コレットは基本的に中立の立場にある。
ノクターンの中でも比較的まともな客との取引が多いコレットが危ない橋を渡るところを、なまえは見たことがなかった。

「え、」
「まあ、ヘカテ地区に入るのが始めてでもないし…それにさっきも言ったろ?今は稼ぎ時だって。しがない宿屋の主人が稼ごうと思ったって変なことじゃない」
「うーん…コレットがいいなら」
「任せとけ。なまえは先にスタッズキッチン行って、話聞いてきてくれ。あっちはなまえの方がいいだろ」
「そうする」

きっと彼に何か考えがあるかのだろうと、なまえはコレットの言葉にうなずいた。
なまえよりもコレットの方がノクターンには詳しい。
下手になまえが入ったことのないところに行って話を聞くよりも、ずっといいだろう。
それに、フィービー・コレットはノクターンの中で変わり者の宿屋主として顔も知れている。
彼の方がこのことに適任なのはよくわかっている。

コレットはなまえに傘を手渡し、ヘカテ地区の方へと歩いて行った。
その背中を見送りながら、なまえは大きな傘を回しながらカロン地区にあるスタッズキッチンに向かった。
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