外は少し吹雪いていた。
これは寒いわけだ、とマフラーに顔をうずめる。
髪を降ろしてきたのは正解だ。
「さむっ…」
『こんなに吹雪くとはね…まあ、しょうがない』
持ち物検査があったせいで、すっかり冷え切ってしまった。
電車の中が暖かかったのが救いだ。
流石に今日のホグズミート行きの電車は空いている。
寒いし、外に出るのを怖がる生徒も多い。
なまえも用事が終わったらすぐに戻ろうと思っていた。
自分が何かされるとまでは思っていないにしろ、念を重ねることは間違いではない。
ホグズミートに着いて、すぐになまえは待ち合わせの場所へ向かった。
寒いのもあるが、1人で出歩くのもあまり得策とは思えなかったからだ。
足早に大通りを抜けて、三本の箒につながる小道へ入る。
その道中では、讃美歌の練習をする生徒たちや話し合いをしている男たち…寒いのによくやる、と思う。
『…?』
「ん?」
『…なまえ、あとでさっきのお店に寄れる?気になることがある』
なまえは首を傾げながらも、頷いて見せみせた。
リドルは怪訝そうに先ほどの店を睨んでいる。
店の前にはずんぐりむっくりとした小男と、ひょろりと背の高い男が話し合っていた。
ただ、今は時間がない。
なまえはその場を足早にその場を後にした。
「なまえ!」
「あ、先輩。すみません、先に中に入っていてもらってよかったのに…」
「いや、僕も今着いたばかりなんだ。入ろう」
小道を抜けた先に、こぢんまりとしたカフェがあり、その前でセドリックが待っていた。
カフェの生垣よりも背が高いから、とても目立っている。
セドリックはカフェの扉を開けて、中に入るように促した。
中は少々薄暗く、濃いブラウンの家具と黒の家具で統一されている。
アンティークの蓄音機が魔法で回っていて、そこからは正統派のクラッシックが流れていた。
客層は物静かな大人が多く、新聞を広げている人や本を読んでいる人など様々だ。
初めてくるカフェだが、静かで雰囲気もいい。
ただ今回、静かなのはちょっと困るような気もするが。
「なまえ、何にする?」
「うーん…ココアとかがあれば」
「あるよ。じゃあそれと、何か軽く頼もうか」
「はい」
セドリックはコーヒーとホットサンド、それからココアを注文した。
注文を取りに来た青年は静かにメモだけ取って、去って行った。
あまり愛想があるわけではないが、きびきびしている。
寡黙な青年は、この深いブラウンの部屋によく似合っていた。
その彼が金色の縁取りが施されたティーカップと、マグカップを持ってきた。
音を立てないようにそれらをテーブルに置いて、何も言わず帰って行く。
失礼します、と一言声をかける以外は、何も話さない。
「こういうお店なんだ。基本的に」
「作業をするにはよさそうですね」
なるほど、と思いながら、ココアに口を付けた。
過剰な接客があるところよりも、こういう礼儀だけの店もいい。
マグカップをテーブルに戻して、なまえはセドリックを見た。
セドリックもまた、カップ越しにこちらを見ていた。
本題に入らなくてはいけない。
「手紙の件なんですけど」
「うん」
「お互い、今は色々あってこのままでいるのも、どうかなって思ったんです」
セドリックはカップをソーサーに戻して、もう一度頷いた。
分かっているのか、いないのか。
もともと直接的な言葉を使うのが苦手ななまえにとって、別れてほしいということは言えない。
だから、遠回しな言い方になった。
リドルは、この言い方はよくない、と感じていた。
それと同じことを、セドリックも思ったらしい。
「それは、どういう意味?」
「…えっと」
「別れたいっていうのは分かったよ。でもね、なまえ。なまえの言い方には裏がある。…“色々”って何?」
なまえはセドリックに対して罪悪感がある。
セドリックという相手がいながら、リドルに気を持ってしまったこと。
その他にも、実は危ないことに足を突っ込んでいるだとか、恋愛をしている場合ではなくなってしまったとか。
それらを覆い隠そうとしたが故の言葉に、なまえは引っかかってしまった。
気まずそうに俯いていたなまえだったが、その部分に触れられてぱっと顔を上げた。
セドリックは真面目な顔で、なまえを見ている。
嘘は、聞いてくれないだろう。
「…言えない?」
「できれば…、」
「ごめん、でも僕は納得できない。未だになまえが好きだし、正直そうやってなまえが隠している部分って、大抵いつも重大なことだったりするし」
「あー…まあ、そうでうすね」
「そうだよ。2年前だってそうだった」
確かに、以前、なまえはセドリックに隠して愛の魔法を込めたブレスレットを渡した。
闇の帝王の死の魔法を跳ね返したそのブレスレットの意味と労力を知ったセドリックに怒られたのも記憶に新しい。
セドリックに頑固なところがあるのは、なまえも知っている。
きっとこうなったら、何かしらの理由を聞かない限りは譲らない。
最も伝えて実害がなさそうなのは、別に好きな人ができたという理由。
ただこれは、意外にも役に立たない答えであるような気がしていた。
ここまで隠し通したせいで、こんな簡単な理由を述べたところで信じてもらえない可能性が高いからだ。
何より、色恋沙汰に弱いなまえがここ2年で新しい恋を見つけるわけがないと、セドリックは思っているに違いなかった。
なので、闇の帝王に関与している部分を少しだけ伝える必要がある。
ただ、伝えすぎてしまえばこれ以上関わるなと何かしらの行動に出られてしまうかもしれない。
「最近、スリザリン生の中でもきな臭い人が出てきたんです。たぶん、いいように使われているだけなんでしょうけど…。その人を何とか助けようって、寮内でも話し合っていて、それに伴って闇の陣営に親がいる子とかと情報収集しているんです。もしこの動きが魔法省にばれると迷惑になると思って。一旦、切った方がいいと思ったんです」
嘘はほとんど言っていない。
確かにドラコは怪しいし、それをみんなで探ろうとしているのも本当だ。
闇の陣営に親がいる子の辺りが若干嘘なくらい。
セドリックはなまえの話をしっかりと聞いて、考えた。
そしてありえなくはない話と思ったらしい。
「なるほどね…最近、魔法省も危なっかしいしなあ…」
「あ、そうなんですか」
「大臣は悪い人でもないんだけど、裏表が分かりやすい人っていうか…ああ、それはいいや。…わかった。そういうことなら別れようか」
「はい、ごめんなさい、私の我儘で」
いや、いいよ、とセドリックは淡く笑った。
リドルはその様子に、違和感を覚えた。
セドリック・ディゴリーという人は、なまえほど人の心に鈍感なわけでもないし、頭が悪いわけでもないし、何より、物分かりがいい方でもないと思っていた。
感情だけでなまえを抱きしめたりしたことがあるくらいだ、この程度のいい訳で別れる方が怪しい。
「なまえ、何か魔法省の動きで知りたいことがあったら、こっそり連絡して」
「…いいんですか?」
「いいよ、うまくやるから」
セドリックはこっそりとそう告げた。
そこでリドルはなんとなく、セドリックの考えていることが分かったような気がした。
ただ、自分の今までの位置とセドリックの位置が変わっただけだと。
今までなまえを支え、見返りを求めずにいたリドルの位置に、セドリックが変わるだけだ。
気持ちは変わらない、ただ、なまえのために。
油断していられないな、と思う反面、本当の18歳の男がそこまで自分を犠牲にできることに純粋に驚いた。
自分が18歳の時はそんなこと、考えもつかなかっただろう。
…18の時は自分のことしか考えていなかったし、というより、本当に最近まで自分のことしか考えていなかったのを思い出して、リドルは複雑な気持ちを腹の中に抱えることになった。
「ありがとうございます。できればそうならないことを祈るばかりですが」
「そうだね」
その後2人はいつも通りの会話に戻った。
学校ではどんな勉強をしているだとか、魔法省での働きの話、卒業した仲間の話、在校生の話。
別れ話をしていた男女とは思えない自然さだった。