本格的な寒さが訪れたな、となまえはシーツを首元まで手繰り寄せて思った。
今までは心地よい微睡があったのに、今日は寒さで目が冴える。
『早いね』
「…寒くなってきたから」
『ああ…そろそろ、暖炉の火が入ってもいい頃だ。今日なんて雪が降ってるよ』
シンと静まり返っている部屋に、低い声が響いた。
リドルは本を片手にベッドサイドの窓に腰かけていた。
ちらと暖炉の方を見たが、火は入っていない。
リドルのいる窓の外は、いつもよりずっと白い。
昨晩から雪が降り始めていたようだ、道理で冷える。
「うーん…暖炉に火、入れてもらお。たぶん、みんなも寒いだろうし」
『それがいいだろうね』
なまえはベッドを出てベッド下の引き出しから、ブラウスとカーディガン、ワンピースを取り出した。
タイツを履いて、ブラウスに袖を通し、ワンピースを着る。
ここまでで、なまえはすっかり冷え切っていた。
監督生の入るお風呂にこっそり入ろうかなあと思いながらも、部屋を出た。
談話室は静まり返っていて、誰もいない。
「お願いがあるの。部屋と談話室に火を入れて。今日はとても寒いから」
誰もいない談話室でなまえは何もない空間に向かって話しかけた。
しもべ妖精たちはきっと、皆が起きてくるころには暖かい部屋を提供してくれることだろう。
なまえは満足して談話室を出た。
スリザリンの監督生専用のお風呂は、どこか冷え冷えとしている。
ごつごつとした岩で壁ができているからか、湖の下だからか。
どちらかはわからないが、浴室が冷えている。
洋服を脱いだなまえは足早に湯の張られた浴槽に足を付けた。
お風呂に入ろうか迷ったなまえだが、談話室の外の廊下に出た瞬間に迷いは吹き飛んだ。
外も非常に寒かったからだ。
今年の監督生はパンジーと仲が良く、監督生のお風呂に入るときの秘密の呪文を教えてもらっていた。
なまえもパンジー経由で教えてもらっている。
「んー…ハッフルパフのお風呂の方が好きだな…ヒノキじゃないだろうけど」
『あんまり文句ばかり言わない』
「ちょっと…勝手に入ってこないで」
浴槽のふちに凭れ掛かりながら、なまえは目を細めた。
温まってきたせいか、ふぁあ、と欠伸を漏らす。
腕を伸ばして猫のように寛いでいたなまえの言葉に返事をしたリドルだが、思わぬ反論を食らった。
リドルはピアスの中で迂闊だったと眉をしかめた。
調子に乗って出てこないでよかったとも内心思った。
そういえば、少し前からなまえはきちんと女の子をやっている。
昔のように恥じらいのない子供ではない。
やりすぎたな、と少し反省したが、まだ油断していた。
『入ってこないでって言っても、ピアスをしてる限りは無理だよ』
「嘘付き。ちょっと離れられるでしょ」
『…見えないから安心してよ』
「そういう問題じゃない」
ピンッ、となまえは指でピアスをつついた。
徹底的に拒否されたリドルはこれ以上何も言うまい、とピアスの中で黙った。
なまえは軽くシャワーを浴びて、もう一度湯船で温まった後に、お風呂から上がった。
身体も温まったし、きっと談話室も温まっているに違いない。
なまえの機嫌が直ったので、リドルも静かにピアスから出た。
『で、今日はディゴリーと会う日なわけだけど』
「そうだね」
『ちゃんといえるの?付き合うときだって、時間がかかっていたけど』
「何とかする…うーん、友達に戻れるかな?」
『ディゴリー次第だろうね』
そう、今日はホグズミートに出掛けられる日だ。
なまえはこの日をセドリックと会う日として指定した。
クリスマスでもよかったのだが、相変わらずコレットが危ないから帰ってくるなと通達してきたので、ここしかなかった。
なまえは思いいたらなかったようだが、クリスマスに別れ話をするなど、これほど悲しいことはない。
ともかく、なまえは今日、ディゴリーと会って話をつける予定だ。
女の子らしくなったなまえだが、まだまだ女の子だ。
女性になるのはまだ先だな、とリドルはなまえを眇め見た。
そんなリドルの視線にも気づかず、なまえは談話室に戻った。
ホグズミート行きは11時、まだまだ時間がある。
「ああ、なまえか。おはよう」
「…なまえ、おはよう」
「おはよう。珍しいね、ドラコ」
談話室に戻ると、すでに暖炉に火が入っていた。
そして、暖炉の前のソファーにドラコとセオドールが座っていた。
2人はテーブルの上の羊皮紙を見ている。
なまえもその羊皮紙を覗きこんだ。
この間セオドールに貸した、幸福の液体の調合表だ。
「これを何とか作れないかと話していたんだ」
「あー…難しいよね、それ」
「そう。それに材料が高価だ」
「そうそう。時期も悪いし」
なまえは困ったように微笑んだ。
セオドールは難しそうな顔で、羊皮紙を睨んでいる。
ドラコは残念そうに、本当に落胆したように、そうか、と呟いた。