図書館から帰る途中だった。
窓の外ではグリフィンドール生がクディッチの選抜をしているようだ。
ワイワイと騒がしい声が遠くから聞こえてくる。
どんよりと重い雲が空を覆い尽くしていた。
少しだからと羽織りを持ってこなかったのが災いしている、廊下は思っていたより冷え込んでいた。
なまえは足早に廊下を歩いて、とにかく早く暖かい談話室に戻ろうとしていた。
「あ、ごめんなさい」
「っ…なまえか?」
角を曲がろうとしたところで、誰かとぶつかりかけた。
慌てて足を止めたために本の重みで傾きかけた身体を、ぶつかった相手がとっさに支える。
聞き覚えのある声だった。
ドラコだ。
ドラコはなまえの持っていた本をさっと奪い取って、前を歩いた。
なまえは慌ててその後をついていく。
「ドラコ、これから戻るの?」
「ああ、そのつもりだ…お前、その恰好寒くないのか?」
「…ちょっとね。少しだけだからと思ったんだけど」
ドラコは眉をしかめて、本を片腕に持ち直して、上着を脱いで、なまえに手渡した。
そんなつもりではなかったのでなまえは慌てたが、ドラコは有無を言わさず上着を押し付けた。
ぶっきらぼうな優しさになまえは少し微笑んで、その上着を肩にかけた。
上着からは、少し埃っぽいような匂いがする。
珍しいな、と思いながらも、なまえは袖の余るジャケットを着てみた。
その際に、何か固いものが太もも辺りに触れた。
ポケットに何か入っている…錠前のような形の物だ。
なまえはそれを不思議に思って、こっそりと、ポケットの中に手を入れた。
それは中指ほどの長さの、鍵だった。
指先で形を確認すると、部屋の鍵とは何か違う。
なまえが触ったことのない形の鍵だった。
「なまえ、最近のポッターだが」
「…ん?」
「おかしいと思わないか、魔法薬学の授業であんなに点を取れるなんて」
「んーそうだね。何かあるんだろうけど」
なまえは鍵のことに夢中になっていて、少し反応が遅れた。
斜め前を歩くドラコは、いつも通りだ。
いつも通り、ポッターの様子を気にして、苛立っている。
確かにドラコの言う通り、最近のポッターの成績はおかしい。
あんなにいきなり魔法薬学ができるようになるなんてことは、ほとんどない。
…ほとんどと思ったのは、なまえ自身が激変を遂げた当人だからだ。
だが、それこそ本当に、奇跡のようなめったに起こらないことが起こらない限り無理だ。
「なまえよりもできるなんてありえない」
「まあ、そうだね」
「悔しくないのか?」
「うーん、あんまり。どうせ何かやってるんだろうし」
「…まあ、そんなものか」
努力の末にできた者でもないだろうし、実力というわけでもない。
不正でできた実力に、なまえは興味がなかった。
別にいいか、という思いしかない。
なまえは懸命に鍵の形を探った。
できる限り覚えるように、触る。
あまり大きなものではない、部屋の鍵とも違う、何だろう。
「そういえば、ドラコは何をしていたの?」
「そうなの。見つからなかった?」
「ああ。教授の勘違いだったらしい」
嘘だな、と背後のリドルが言った。
リドルは開心術がなくとも、それとなく嘘は見抜ける。
長年の勘だが、あまり外れない。
なまえもそれは信頼している。
ドラコが来た方向には確かに倉庫になっている空き教室がいくつかある。
教室の鍵とは少し違うような気がした。
「スネイプ先生の防衛術もいい感じだね」
「去年までと比べるのも失礼だな」
「まあそうかも」
笑いながら、ドラコはそういった。
去年の防衛術と比べた話をなまえはしていたが、ドラコはそう考えなかったらしい。
ただ確かに今までまともな授業がなかったといえばそうかもしれない。
ルーピンの時だけはしっかりしていたと感じていたが、スネイプの授業の方がよっぽどしっかりしている。
まじめな授業だ。
なまえはポケットの中を探るのをやめた。
その代わりに、思い切って、その中身をその目で見ようと思った。
寮にはまだつかない、ドラコは後ろを振り向く気配もない。
「去年やったことが良く活かされそうだな」
「うん、やった甲斐があったね。先生にも褒められたし、進みも早いし」
なまえはその鍵を思い切って、取り出してみた。
鈍色の鍵は先に突起がいくつかついていて、昔ながらの錠前という風貌だった。
頭の方は丸く、紐を通すための穴が開いている。
『…おそらく、戸棚の鍵だな。薬棚とか、クローゼットとか、キャビネットによくある形だ』
「魔法薬学の代わりに、そっちで点を取ればいい」
「そうだね、薬学も諦める気はないけど」
「スラグホーンは取り入れば楽そうだな」
リドルが鍵をじっと見て、そういった。
なまえはその答えを聞いて、そっとポケットの中に鍵を戻した。
ドラコは何か隠している。
なまえはドラコのポケットの中の鍵から手を放した。
冷たい鍵の触感を拭うように、なまえはドラコの上着の袖に指を隠した。