115.彼の苦悩
手紙を受け取ったとき、さして驚くことはなかった。
いつかは起こるだろうと危惧していたことが、予想よりも早く起こっただけのこと。
セドリックは乱雑に書類の置かれた仕事机に、緑色の封筒を丁寧に畳んで置いた。

返事をしなければならない。
きっとなまえは気にしているだろう、優しい彼女のことだから。

「あー…」

ただ、返したくなかった。
乱暴に椅子に腰かけると、溜まった書類がバサッと音を立てて崩れた。
やる気が起きない。
できれば、会って話がしたい。

しかし、物騒なこの頃、ホグワーツに通う生徒は外出を最低限までに禁じられている。
会えるとして、クリスマスだろうか。

「…未練がましいかな」
「何がだよ…ってか何だこれ!お前マジで直せよ?」
「振られたんだよ…」
「はあ?なまえに?」

少し遅めに出勤してきたエドウィンが、床に散らばった書類を見て、怒ったように声を荒げた。
そういえば、今床に散らばっている書類は、今日が期限で、昨日まとめたものだったっけ、とセドリックはぼんやりと思いだした。
だが、今の彼はそれどころではない。

とにかく、なまえからの別れの手紙が辛すぎた。
分かってはいたことだった、なまえが自分を見ていないことは、薄々感じてはいた。
しかし、もう少しはなまえの傍にいることを許されていると思っていた。

「あの子ふわふわしてたしなぁ…やっぱチョウの方が良かったんじゃね?」
「そういう問題じゃないよ…」
「そりゃそうだけど。未練たらたらだな」

当たり前だが、未練はある。
もともと本当に好きだったのはセドリックの方で、それこそ、なまえは入学してからずっと気になっていた子だ。
長く見ているだけだったなまえが、自分の傍にいてくれるのが嬉しくてたまらなかった。

突っぱねられた時も、反省した。
もっともっと時間をかけてゆっくりと進んでいこうと思っていた矢先のことだ。

「とにかく会って話してみるよ」
「なんでもいいが、先にこの書類何とかしろよ」

エドウィンの呆れた視線を感じながらも、セドリックは引き出しの中に仕舞いっぱなしだったレターセットを取り出した。
色々と忙しいし、物騒な世間ではある。
会えるのはいつになるだろう。

セドリックは始業前の短い時間で、手紙を書いて、ホグワーツに飛ばした。


なまえは淡々と日々を過ごしていた。
6年生になり増えた課題をこなしたり、その合間を見てセオドールと花砂糖の分析をしたり、図書館に行ったり。
今日は課題と頭を抱えているパンジーとともに、大広間にいた。
間もなく、夕食の時間である。

「もういや!」
「パンジー、あと少しだから…」
「あと少しだけど、休憩しましょ。私おかしくなりそうよ」

はあ、とため息をついたパンジーにオレンジジュースの入ったゴブレットを回した。
彼女は礼を言ってそれを手に取って、一気に飲み干した。
なまえの手元にあるのは、魔法薬学の課題だ、もうすでに終わっている。

最近、気になることが多い。
ドラコの動向然り、ポッターの魔法薬学の成績然り。

「あら、なまえ、手紙よ。…セドリック・ディゴリーから」
「え…ああ、うん。ありがとう」
「いいわねー、彼、魔法省勤めでしょ?有望株じゃない」

タイミング悪くやってきた森フクロウを、なまえは恨めしそうに見た。
パンジーの前でセドリックの手紙を受け取る羽目になるとは、面倒だ。
羨ましいといっている彼女に隠してもいいが、あとでばれるのも面倒。
忙しい今のうちに、また、情勢の安定しない今だからこそ、適当な言い訳が付けるうちに、パンジーには打ち明けてしまった方がいいかもしれない。

そう思ったなまえは、そっと打ち明けることにした。
これから夕食も始まって、ドラコたちもくるだろう。
そうすれば、この話題はそう長続きしない。

「んー…、別れようと思って」
「はあ!?なんで!?」
「お互いバタバタしてるし、それに、ちょっと不安になったから」
「ええー、何よそれ。ディゴリーが可哀想じゃない」

本当は別の人が好きになっただけだ。
でもなまえはそれが言えなかった。
パンジーにその人のことを根掘り葉掘り聞かれるのも困るし、何よりも、他人に目移りしたという事実が恥ずかしいことだと思ったからだ。
卑怯だな、と内心思いながらも、黙ってパンジーの話を聞いた。

「私の我儘だよ。だからできる限り、セドリックへは向き合う」
「当り前よ。ちゃんと納得してもらいなさい」
「うん」

我儘だ、本当に我儘。
きっと色々聞かれることだろう、本当のことを伝えることになるかもしれない。
でも、そのう上でディゴリーはそれを許してしまうだろうとなまえは考えていた。
許されてしまうよりも、いつまでも許さないでいてくれた方が楽なんだろうな、とも。

なまえは悶々とする思いを胸に、手紙を開けて中を読んだ。
ディゴリーは会って話がしたい、難しいかもしれないが、そうしたい、と手紙の中に記していた。
できる限り、ディゴリーの希望には答えるつもりだった。

“クリスマスにホグズミートで”

なまえはそれだけ走り書きして、手紙を鞄にしまった。

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