113.少しずつ先へ
非常に気まずくはあったが、以前、言わなくてはならないことを先延ばしにしたことで痛い目を見ていたなまえは、パンジーたちが部屋に帰ってくる前にセドリックへの手紙を完成させた。
そしてそれを鍵付きの引き出しにしまって、その日は眠りについた。

眠りにつくまでの間、傍にリドルの気配を感じてはいた。
多少の緊張はあったが、これ以上の手出しはしないだろうという信頼があったから、なまえはそのまま眠りにつくことができた。
確かに何事もなく朝を迎え、なまえは寝ぼけ眼で支度をはじめる。
今日は特に授業はないが、少なくとも、手紙を出しに行かなければならない。

「なまえ…?早いわね…」
「ごめん、起こした?ちょっとフクロウ小屋にね」
「そう…じゃあ先に大広間に行って席を取っておいて…」
「わかった」

なまえが髪を整え、制服を着たあたりで、隣のカーテンから微かな声が聞こえた。
パンジーを起こしてしまったらしい。
ただまだ寝ぼけていて、微睡の中にいるようだ。
ふわふわとした声がなまえの耳に届いた。

なまえは長い髪をハーフアップにして、トートバックを肩にかけて出かけた。
今期の授業は、魔法薬学に呪文学、闇に対する防衛術、変身術、古代ルーン文字学。
なまえは前期でどれも優を取っていたため、選り取り見取りだった。
その中でも、最も就職に役立ちそうなものを選んだ。
将来はまだ決まっていないが、可能性は広げておくに限る。

「身長、同じくらい…」
『全く、騒がしいったらない』

早速なまえは新入生たちの波に呑まれていた。
童顔で背の低いなまえは、新入生たちと見た目はほぼ同じだ。

「おや、大丈夫ですか、ミスみょうじ」
「あ…はい」
「こちらにいらっしゃい」

新入生に紛れている上級生に気が付いたらしいマグコナガルが流れをかき分けて、なまえを引っ張り出してくれた。
マグコナガルに貴方も大変ですね、と苦笑いをされたので、なまえも苦笑いで返しておいた。
この廊下は新入生の通り道だから避けなさいと助言をもらい、なまえは別の廊下を歩いていた。

西塔の階段は、昔、よくセドリックと使っていた。
夕暮れの西日の差し込む教室が、なまえのお気に入りだった。
その空き教室の机は、もうすでに埃で白くなっていた。
なんだか、それが物悲しくて、なまえは少しだけ足を止めた。

以前、なまえとセドリックが使っていた通りの姿で残っている机と椅子。
西日のよく差し込んでいた出窓。
出窓の先には、森が良く見えた。

「…行こう」

別に忘れようとか、そういう風に思うことはなかった。
ただ、できればいつまでも、この教室はこのままであればいいと思った。

セドリックへの手紙を森フクロウに任せて、飛び立たせた。
彼がこの答えに何というのか、なまえには想像できなかった。
ただ、セドリックはきっと綺麗にすべてを終わらせるのだろうと、予想はしていた。


フクロウ小屋に寄っていたこともあり、なまえはいつもよりも早く大広間に着いた。
パンジーの寝言に近いお願いの通り、席を5つほど取っておいて、トートバックから本を取り出した。
それを読むふりをしながら、少し考えた。
今日出した手紙をセドリックが受け取ったとして、読んだとして、どうなるのだろう。

なまえはセドリックのことが嫌いになったわけではない。
どちらかといえばまだ好きで、ただ、好意のベクトルが違うことに気づいたというだけだ。
ただ、セドリックは違うだろう。
好きのベクトルも恋の方向を向いていただろう。
だというのは、なまえは何もできず、何を返すこともできなかった。
きっと失望するだろう、今まで通りには戻れない。
あの手紙一枚で、1人の人との縁が切れるかもしれないと思うと、とても怖くなった。

その恐怖を紛らわせたくて、何とか本の文字を頭に入れようとしたが、無理だった。

「おはよう、なまえ」
「はよー」
「おはよう、セオドール、ザビニ」
「列車の中で言ってた調合表持ってきたんだけど」
「あ、見る」

先にやってきたのはセオドールとザビニだった。
セオドールはなまえの隣に、ザビニはセオドールの隣に座った。
ザビニは手ぶらだったが、セオドールは革製の鞄を持っていて、そこから何回かの羊皮紙を取り出した。

そこにはたくさんの調合過程と、素材が書かれていた。
どの素材が、どの味や香りを引き出させるのか、どの素材と打ち消し合いがあるのか、混ぜ合わせた結果が分かりやすくまとめてある。

なまえはそれに目を通しながら、その下にかかれている言葉を最後に読んで、ぴたりと手を止めた。
“ドラコの様子は僕らで見る。合図はこれで”…考えていることは皆同じだということだ。

「わかった。毎週月曜日と水曜日、土曜日でいい?」
「わからないことがあったら随時」
「了解」

なまえは微笑んで、セオドールにそう伝えた。
本来の砂糖の研究もあるだろうが、それ以上にドラコの動向を探ることに重きを置いているらしい。
とにかく変なことがあったら、随時確認ということだ。

ドラコは1人で戦っていると思っているかもしれない。
しかし、良くも悪くもドラコはとても分かりやすい。
不安がっているときや、本当に嬉しいと思っているとき、嘘をついているとき。
どの時も、大抵わかるくらいには分かりやすい。
そしてドラコに悪態をつきながらも、手を貸そうとしてくれる人はいる。
ドラコも1人で思い詰めなければいいのに、と思いながら、なまえはドラコとパンジーを待った。

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