112.後戻りはできない
ドラコは約束通り、すぐに戻ってきた。
機嫌がよさそうだったから、それなりにうまくポッターに一泡食わせられたのだろう。

毎年恒例の宴は、昨年とそう変わらない雰囲気だった。
組み分け帽子が危機感を煽る予言をし、それを助長させながらも、校長が最後に茶化しを入れてスムーズに終わった。
こういう、人の危機感や警戒心をうまく増長させるところは本当に敬服せざるを得ない。

『ポッターもきちんと登校できたようだよ』

くすくす笑いながら、なまえの背後を漂っていたリドルはとても嬉しそうな声をしている。
例の秘密の部屋の事件から何年も経っているけれど、リドルでさえこれだけポッターを毛嫌いしたままだ。
スリザリン生が特別恨みを根に持ちやすいタイプなのか、はたまた、ポッターが相手の怒りを煽りやすいのかどちらか分かりかねるが、どちらにしても災難だなと思う。
なまえは思うだけで、何もしないけれど。

「スリザリン生諸君、こちらに」
「なまえ、アンタ新入生と背の高さ変わらないから、混ざらないようにね」
「ま、混ざったとしても問題も違和感もないからいいんだけど」
「…気を付ける」

各寮、監督生が新入生たちを連れて寮に戻るように促した。
パンジーが笑いながらなまえに注意を促し、それを聞いたザビニが吹きだしたおかげで、なまえの機嫌は若干下がったが、なまえは何も言わなかった。
冗談の代わりにと言わんばかりに、ザビニがエスコートをしてくれたおかげで、なまえは新入生の列に混ざってしまうことなく、寮に戻ることができた。
他の生徒は毎年恒例の談話室会議をしていたが、どこか機嫌のいいリドルを引き連れて、なまえは一人、部屋に戻った。
ベッドに貸しかけて、リドルを見上げた。

「さあ、これからどうするかだね」
「ドラコは意外と冷静…でもなかったか」
「まだ子供だよ、彼は。でも、完全に利用されている。僕は、力ないものに力を与えて、うまく動かすのが得意だった」

リドルは自分の過去を顧みて、そういった。
過去、自分よりも幾分と年の低い、希望に満ち溢れた、憧れを率直にぶつけてきた後輩たちをうまく利用してやってきた。
間違いなくリドルには、人をうまく使うカリスマがあったといっていいい。
そのカリスマは未だ、失われていない。

今回はドラコを使って、またなまえも使って、ホグワーツ内にスパイを入れ込むことに成功した。
ただ、なまえはドラコがこの任務を最後まで全うできるかといえば、否であると考えていた。
ドラコの父であるルシウスにも言えることだが、マルフォイ一家は基本的に詰めが甘い。

「まずはドラコが何をやろうとしているのか、うまく探ること。そのうえで、手伝えるかどうかやってみる…たぶん、無理だろうけどね」

リドルが苦笑いする意味がよくわかる。
ドラコの動向を知ったところで、なまえたちができることはほぼないだろう。
プライドの高い彼だ、なまえに手助けを求めることはないだろうし、何より、中途半端に頭がいいから計画自体はそれなりのものを立てるはずだ。
それがリドルの見解で、なおかつ、なまえも同じような見解だった。

ただ、なまえが気にしているのが、セオドールやザビニといった、他のスリザリン生。
特に今脳裏によぎった2人はかなり能力的にも実力的にも強い。
頭も悪くはないから、ドラコの異変に気づき、何か行動をする可能性もある。

「柔軟に動くこと。あくまでなまえは、自分のやりたいようにやること。なまえの好きな未来になるように動く、それを約束して」

なまえの、色々と考えて皺の寄っていた眉間に、リドルはそっと口づけた。
びっくりしてぱっとリドルの方を見たなまえに、彼は綺麗に笑って見せた。

「君の幸せが、僕の幸せだということ、忘れないで」

リドルは、本当に心の底から、そう思っていた。
12歳のなまえに出会ってから、今年で4年。
最初こそ、いいように使ってやろう、面倒だなどと思っていたなまえのことを家族のように思い始めて、そこからさまざまな思いを抱いてきた。
どうしてこの思いを、学生時代に感じられなかったのか、リドルは後悔すらした。
そして、どうして自分が生身を持ちえないのかということも。

未だ大きな瞳をぱちくりとさせているなまえをベッドに押し倒して、唇を合わせる。
ぎゅっと目を閉じたのを確認してから、角度を変えて呼吸をさせて。

「んっ、ふ、」

今まで、生きていたころにキスでこんなに熱いものを感じる時があっただろうか。
それこそ、数えきれないくらい何度もしてきたことだけど、どれもこれも冷たくて何も残らないものだった。

突然ベッドに押し倒されてびっくりしたときの目の色だとか、口づけたときの抵抗だとか、唇の角度を変えた時の零れる吐息だとか。
どれもこれも、一つ一つが大切で、愛おしくて、おかしくなってしまいそうだった。
小さななまえはすっぽりと腕の中に納まって、嬌声を微かに上げている。
リドルの背から足にかけて、軽い痺れを伴った快楽が駆け抜けた。

「っ、リドル!」
「…うん、ごめん、調子に乗った」
「ちょ、調子にのっ、乗ったどころのはなし、違う!」

その感覚が走り抜けたと同時に、リドルは慌ててなまえの上から飛びのいた。
流石にこれ以上はまずい。

顔を真っ赤にしたなまえが、気を動転させているのだろう、滅茶苦茶な英語でリドルをののしった。
もともとそういうことが苦手ななまえだったが、リドルにだけはそれを許している。
その事実に気づいたのは、少し前のこと。
お互いに徐々にそのことに気づき、ただ、気づいても気づかない振りをしてきていた。

「ばかっ」
「いや、うん、本当にごめん。でも、ダメだ、もう無理」

一時は、セドリックになまえのことを任せようかとも思った。
だが、セドリックよりもリドルの方が、なまえに近すぎた。
なまえもセドリックという存在ができてからも、リドルのことを遠ざけようとはしなかった。

結局、今まで見てこないふりをしていただけで、事実はそこにあっただけということだ。
なまえは脱力したように、ばたんとベッドに上半身を放った。

「…セドリックには謝らないと」
「まじめだね」
「二股なんて、リドルじゃあるまいし」
「ちょっと、聞きづってならないな」

不貞腐れてリドルの顔を見ないなまえに苦笑しながら、リドルはベッドの端に腰かけた。
長いなまえの黒髪を手にとって、口づけてみた。
甘くてどこか懐かしい香りが、とても好きだった。

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