111.暗雲
暗雲はホグワーツの上に立ち込めていた。
無論、それは見える人にしか見えず、見えない人はただ少しだけ、不安な気がしているだけだ。

「下らない、ホグワーツなんて」
「どうしたの?ドラコ…」

ホグワーツ特急の中には、1両、スリザリン専用者がある。
一応、寮ごとに1両ずつ設けられているのだが、基本的にあまりその専用者としては利用されない。
区切りのないボックス席上の車両は、いつも騒がしく、カラフルなネクタイで溢れる。
こうして、本当の機能を果たしているのはスリザリン寮専用車両のみだ。

なまえは区切りのない専用車両を使用したことはなかった。
しかし、今年はパンジーとの約束もあり、この専用車の一角に座ることになった。
隣にはパンジー、彼女の隣にザビニ、目の前にはセオドール、その隣にドラコ。

なまえは窓際で、外の景色をぼんやりと眺めていた。
景色だけは、毎年変わらないと、そう思った。

「僕は来年からこの学校には通わない」
「ははっ…」
「何がおかしい、ザビニ」

ザビニの笑いは、本当に茶化すそれだった。
ドラコは真面目だし、たぶん本気だ。
隣にいるセオドールはなまえと同じように、窓の淵に手を置き外を眺めていた。
なまえがセオドールを見ていると、彼もまた、なまえを見た。

「…なまえ、去年にもらった花の砂糖菓子なんだけど」
「え?うん」

セオドールは窓から眼を離して、なまえをみた。
そして突然、昔の話を引っ張り出してきた。

確かに、そんなことが去年あった。
そう言えば、彼はそれをひどく気に入って一箱持って帰ったはずだった。

「あれの香りづけを夏にしていたんだけど、結構難しい」
「うん」
「香料を足せば、甘味に支障が出る。バランスが崩せないんだ」

セオドールの家は薬品に強い家だ。
薬の調合をよくやっていると、化粧品だとか製菓にも応用できる。
だから、こうして製菓の分野においても強いのだろう。
とはいえ、今回は少しばかり難易度が高いらしい。

ドラコの気に障らないように、なまえは小さな声で答えた。
今、ドラコは非常にカリカリしている。
それはそうだろう、父親がアズカバンに連れて行かれて、平気でいられるほど彼は非情じゃない。

「香りをとるか、甘味を取るか…バランスが難しい。…とても、今と似ている」
「…そうだね」

セオドールは最後の一言を、小さな声で付け加えた。
彼はもうなまえを見ていない、また窓の外の景色に緑の瞳を向けていた。

どうやらセオドールもドラコと同じようなものらしい。
回りくどい言い方をしているが、彼もまた、純血の家の子として苦悩しているようであった。
表沙汰になってないグリーングラスにしろ、ノットにしろ、各々問題を抱えている。

「私は、甘すぎるのも好きだし、香りがするのも好きだから、両方くれる?」

それはどうこうできるものではない。
ただ、 受け入れることはできる。

「いいけど…もう少し改良したらね。香りのほうを強くしたら苦くなっちゃったんだ」
「うん。調合表あるなら手伝うよ」
「ある。あとで見せるから、意見くれる?マンネリ化してるんだ」

セオドールは景色からまた、なまえのほうを見た。
楽しそうに、少しだけ微笑んで。


はあ、と大げさなため息がこちらまで聞こえた。
隣を見てみると、パンジーとザビニが呆れたようにこちらを見ていた。
先ほどまでのピリピリした雰囲気は薄れていた。
ドラコも少し落ち着いたらしい。
彼は夏の間、落着けなかったのだろうとなまえは結論付けていた。
せめて学校くらいは彼にとって落ち着ける場所であればいい。
純血のマルフォイ家の子息ではなく、ドラコとしていられる場所であれば。

「うわっ、なんだよこれ!」
「…煙玉?」
「やだ、だれよこんな悪戯したのは」

突然、車内が煙に巻かれた。
なまえは一瞬身構えたが、さすがに列車の中で何か起こるということはないだろうと思い直し、あたりの様子をうかがっていた。
目の前のパンジーの顔がぼんやりとしか見えないくらいには煙が濃い。
悪戯用品だろうが、結構近くで爆発したらしい。

ノットが杖を振って、煙を払った。
苛立ったまま、席を立っていたドラコをパンジーがなだめて座らせている。
隣のザビニはじっと扉を睨んでいたが、やがて座った。

『ポッターが入り込んだな。たぶん、ザビニとドラコは気づいた』
「もうそろそろつくね」
「ローブを着た方がいいんじゃない?」
「そうかも」

リドルからの忠告は聞いたが、なまえ自身は何かしようという気はない。
彼自身もおそらくは、下手なことを言わないようにという意味合いで注意しただけだろうとなまえは思っていた。
そのため、全く違う話で適当に間を持たせることにした。

あと十分もすればホグワーツに到着する。
面倒ごとに巻き込まれるのは御免だし、口を滑らせてもいけない。

電車が駅に到着すると、ドラコが残ると言い出した。
なまえはぐずるパンジーを連れて、電車を降りた。
ドラコは本当に今年大変なことになるだろう、ここで少しでも鬱憤を晴らしていけばいい。
ドラコもなまえの気遣いに気づいてか席だけ取っておいてくれ、すぐに追いかけるとだけ言った。
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