107.小さな闇
長いローブを引きずる音が、周囲に響く。
夏物なのだろう、さらさらと木製の床に触れる音がずっと聞こえている。
ローブは踝程度の長さにしてもらうのが一般的であり、このように床についてしまうような長さのものを好むのは滅多にいない。

ローブと床が擦れる音は、スネイプの目の前から、徐々に近づいてくる。
暗闇の中であるがために、その姿は目に見えない。
しかし、音はどんどん大きくなって、スネイプとの距離を縮めている。

「…お前は、誰だ?」

誰だ、と問うても、その姿は見えず。
声すらも聴くことはできない。
ただ、眼の前…スネイプの腰のあたりまでしか身長のない何かが、そこに立っていた。
こんなに小柄な死喰い人は見たことがない。

侵入者にしても小さすぎるが、怪しいことに変わりはない。
スネイプは杖を向けてもう一度、同じ問いを口にした。

「誰だと聞いている」

二度目にしてようやく、小柄な侵入者は自分のほうに手を突き出した。
反射的に杖を振りそうになったが、その黒いグローブをつけている手が、黒い紙を持っていることに気が付き、慌てて止めた。
黒い紙には緑色のインクで書かれた文字が躍っている。

“新たな我が僕、夜半に来たれよ”

そしてその下には、闇の印が描かれていた。

「…新たな僕」

どうみても幼い子供だ、どう見ても。
まだホグワーツに通っているだろうくらいの身長だった。
もしかしたら自分の教え子かもしれないと思うと、スネイプは居た堪れない気持ちになった。
そんな感情はとうの昔に捨てたと思っていたがそうでもないらしい。

目が慣れてくると、その小さい死喰い人がどのような格好をしているのかがわかってい来た。
長いローブの上に、肘上までのケープを羽織っている。
そのケープには一般的なローブについているもの大きく深いフードがついており、それを被っているおかげで、顔が全く見えなかった。
また、首元は大きなリボンで締められており、ちょっとやそっとではフードが脱げないように固定されていた。
どうやら相当顔を見られたくないらしい。
恐らくフードの奥も何かしらの手工を凝らし、顔を隠していることだろう。

腕まですっぽりとローブの中に納めている小さな死喰い人は、ちらと壁際に目をやった。

「よかろう、こっちだ」

この小さな死喰い人のことは気になったが、壁際に置かれている時計の針は約束の時間の15分前を指し示していた。
時間に遅れるのはよろしくない、スネイプは足早に集合場所に向かった。

蛇の頭を象ったドアノブを回し、扉を開けると、そこには懐かしい面々が揃っていた。
会いたくもなかったが、そんなことを言えるわけもない。
右奥から、レストレンジ夫妻にナルシッサ、左奥にはグレイバック、ロジエール。
スネイプはロジエールの隣に座った。
小さな死喰い人を彼らの隣に座らせるのは、可哀想だという同情心からだった。

「誰だい、そのみみっちいのは」
「…我が君の招待客のようだが?」
「ハア?」

スネイプの後ろから小さな影が歩いてきたのを、ベラトリックスが見逃すはずもなかった。
ベラトリックスの言葉で、その場にいた全員が小さな死喰い人に気が付いた。
一番近くにいたナルシッサがびっくりしたように、その子をじっと見ていた。

小さな死喰い人も、2人のことをじっと見ていたが、やがてお辞儀をした。
言葉を発する気はないらしい。
ナルシッサは困惑しつつも自分の隣の椅子を引いてやると、またお辞儀をしてその椅子に腰かけた。

「招待ってどういうことだ?」
「我が君の筆跡で新たな我が僕と書かれていたが」
「こんなチビをか?」
「我が君をお疑いになるのなら、好きにすればいい」

ロジエールやグレイバックが苛立ちをそのままに、椅子に座った小さな死喰い人を睨んだ。
頭一つ分ほど背の低い死喰い人は、その視線をものともせず、淡々と黒檀の机を見つめていた。
俯いたまま動かないのを見たレストレンジ夫妻が怪しいと騒ぎ、グレイバックに至っては、その細かろう首筋に噛みつきたいなどと言いだした。

不穏な空気に一番戸惑っていたのは、ナルシッサだった。
この中で唯一子どもを持っているからか、小さなその子が心配でたまらないらしい。

「…あなた、大丈夫?」
「ああ、お前たち、揃っているか」
「我が君!」

ナルシッサの言葉に小さな死喰い人はそっと顔を上げて、一つ頷いて見せた。
どうやらグレイバックを恐れている様子も、不躾な視線を向けられたことも気にしている様子もないようだった。

小さな死喰い人が頷くのとほぼ同時に、奥の扉から闇の帝王が現れた。
これから、闇の陣営の活動についての話し合いが行われる。


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