101.受け入れる闇
ダイスカットされた林檎をヨーグルトにいれ、スプーンに触れた。
するとスプーンはなまえの指の動きに合わせて一人でに動き、くるくると器の中のヨーグルトを掻き回す。

『上手い上手い、いいね。これなら妖精の呪文は大丈夫そうだ』
「これ…結局スプーンで食べるんだし、普通にかき混ぜたほうが早いわ」
「なまえ、お前がマイペースなのは知ってたけど、それ今言うか…?」

大広間には現在、全校生徒が集められている。
朝食を銘打っているものの、実質は新校長による演説が主。
新校長、アンブリッジの話を要約すると、ダンブルドアが追放されたらしい。
それで、魔法省からアンブリッジを新校長にするように勅令があったと。

なまえにとって、ダンブルドアがいなくなろうがなんだろうが関係ない。
もともとダンブルドアに好い感情を抱いていないなまえにとって、彼の追放は露ほども興味ない。
それが意味することは理解しているが、それでもなお、どうでもよかった。

スリザリン生は皆浮き足立っている。
グリフィンドール寮贔屓だったダンブルドアが消え、スリザリン贔屓気味のアンブリッジが好調になったからだ。
また別の生徒は、魔法省が優位に立ったことを喜んでいる。

一部のスリザリン生はこれでまた闇の帝王が動きやすい環境ができたと考えていた。
それに対して、喜ぶものと慄くものとが混在している。
喜ぶものは心底闇の帝王を信頼しているのだろう、そんなものはほとんどいない。
大半がザビニのように、この環境に危機感を覚えている。

「今、私たちにできることはないと思う」
「そりゃそうだけどな…」
「やるべきことを上手く熟すほうがよっぽど生産的だ。やたら滅多らに動くものじゃない」
「お前本当に同い年かよ」

スリザリン寮のある地下牢には、大小さまざまな隠し部屋がある。
それらの部屋は代々スリザリンの寮生たちが課題や練習をする場所として使われていた。
その一室でザビニ、ノット、なまえは守護霊の呪文の練習をしていた。
なまえはそれができるため、別の呪文の練習だ。

最近、ドラコがアンブリッジの策略の手足になっているため、基本的にこの3人でいることが多かった。
パンジーは課題で手いっぱいとのことで、ついてくる確率は五分五分。
2人は最初に言っていた守りの魔法の目標の半分にも至っていない。
別のことを優先することが悪いことではないので、放置しているがなまえは多少なりとも心配だった。

一方のノットとザビニは定期的に練習をしているらしく、目標まで至っていた。
当初の最終目標だった守護霊の呪文もできるようになっていた。
薄暗い部屋の中で、ノットとザビニ守護霊が青白く光っている。

「守護霊って結構本人の性格とかイメージに左右されんだな」
「そうでもないと思うけど」

ザビニの守護霊はジャッカル(ザビニは犬と称するだけだったが、なまえがしっかりと図鑑で調べた結果、ジャッカルだとわかった)、ノットの守護霊はシラサギだった。
確かにこの2人はイメージと合致しているといってもいい。

しかし、なまえは違うとノットは感じていた。
守護霊の呪文を始めるとき、ノットとザビニは各々の守護霊の正体を推理した。
その中で、きっとなまえは猫とかフクロウとかそのあたりの可愛い生き物だとばかり思っていたのだ。
そもそも、始める前からなまえが守護霊の呪文を使えるとは思っていなったし、守護霊が蛇だなんて思ってもみなかった。

「なまえは例外だろ。…お前マジでスリザリンの末裔とかじゃないんだよな?」
「違うと思うけど…スリザリンが東洋に渡ったって文献なんてないし」
『まあ1000年も前の人だから確実に末裔じゃないとは言えないだろうけど、99%ないね。というか、原因僕だし』

なまえの守護霊の原因ははっきりしている。
それに、パーセルマウスでもないし、瞳も赤くならない。
スリザリンの末裔の可能性はほぼゼロだ。
ただ、スリザリンの末裔の記憶を引きつれているだけに過ぎない。

「なまえって結構謎だよな」
「そりゃあ、私自分でもどこの出生かなんて分からないもの」
「そういえばお前孤児なんだっけ?」

ザビニは自分の守護霊を消して、ふと思い出したようにそういった。
孤児という言葉をさらっと使うあたり、ザビニは裏表がない。
スリザリンらしからぬ、歯に衣着せぬ言い方に、ノットが眉をしかめた。
ただ、なまえとしてはもう気にしていないようなことで気を使われるのも面倒なので、ザビニのその言い方は心地よかった。

なまえの出生のことや家のことはスリザリン寮内では禁句だ。
それはドラコやパンジー、ザビニたちと仲良くなったその時から、暗黙の了解としてある。
だが、ザビニやノットの前ではその禁句はあまり気にされない。
特に、談話室ではないところで密室なら、そのようなしがらみを気にすることはなかった。

なまえはうん、と一言頷いた。

「じゃあ養い親とかいるんだろ?」
「居ないけど」
「は?」
「居ないよ。一応ダンブルドアが引き取ったことになってるけど、ノータッチだし。家はノクターンだし」
「ノクターン?」

ザビニが珍しく上ずった声でそう問い返してきたので、なまえはもう一つ頷いて見せた。
隣のノットも本を片付ける手を止めて、なまえを見た。
なまえはこの反応をされることを想定していたので、淡々とした様子だ。
テキパキと本を片付けて、鞄にしまいこんだ。

「ノクターンで1人で?」
「そう。ずっと」
「…通りで闇に対する防衛術ができるわけだよ」
「できないと困るから」

ノクターンは決して治安のいい場所ではない。
昼ですらガラの悪い人や怪しい人がいるし、夜の外出は控えるのが当たり前だし、満月の夜に出掛ける人は絶対いない。
しかし、暮らし方さえ覚えれば自由で心地よい地域だ。
踏み外さない限りは、もしくは過信しなければ、生きていける。

ただ、別に居場所がある人が来るような場所ではないというだけだ。
家族があって、帰る家がある人は来ない。

「意外といいところだよ」

誰にも知られていないからこそ、人々はノクターンの本質を知らない。
あの来るものを拒まない闇は、いつでも誰でも迎え入れてくれるということを。

prev next bkm
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -