99.決断の時はいつになるか
比較的に図書室は静かなものだ。
マダムピンズが厳しいから、常識の範疇、理由は様々あるが、基本的に図書室に行く人間がもともと静かな人間であるからというのが最もな理由であるように感じる。
ただ、試験前の図書室は例外だが。

ともかく、試験前でもない今は、非常に静かだった。
本のページを捲る音、羽ペンの先が羊皮紙の上を走る音。
なまえはその音に包まれながら、うつらうつらとしていた。

別に寝不足だとか体調不良だとかではない。
ただ、昼食を摂ってから適度な温度に保たれた静かな場所に来てしまったから、どうしても眠たくなってしまっただけだ。
公の場で眠たくなるだなんて、数年前は考えられなかった。
そう思い返し過去の思い出に浸りながら、なまえはひんやりとした壁にもたれかかった。

『寝てもいいけど、窓際は風邪をひくよ』

リドルが苦笑いをしながらそう言って、なまえの傍に寄った。
今の彼に実体はないものの、なぜかくすぐったくてなまえは薄らと目を開けて細めた。
リドルの温もりが伝わってくるような気がした。

「なまえ?」
「あ、セドリック先輩。お久しぶりです」
「…久しぶり」

本棚の影から顔を出したのは、セドリックだった。
彼はクリスマスの前からインターンに行っていて、学校には居なかった。
そのため会うのは久しぶりだ。

セドリックはなまえの前の席に腰かけて、机の上に何やら派手な雑誌を置いた。
なまえはちらりとその雑誌を見て、セドリックを見た。
彼は少しだけ複雑そうな顔をしていたが、やがてなまえと同じように雑誌に視線を落とした。

「これ、読んだ?」
「いいえ。なんですか、これ」
「ザ・クィブラーっていう雑誌だよ。レイブンクローの子のお父さんが出している…まあちょっと不思議な雑誌なんだけど」
「はあ…」

セドリックはそれだけ言って、雑誌をなまえのほうに向けた。
なまえはその若干胡散臭い雑誌をまじまじと見た。
てらてらと光るネオンのような表紙に、キラキラした見出しが(比喩でも何でもない、本当にキラキラしていて、ラメが飛び散っている)派手に載っている。
見出しには、「ハリーポッターが語る!例のあの人は復活した!」と書いてある。
とんでもないものを発行したものだ。

なまえは中身もパラパラと捲って、ハリーポッターのインタビュー記事を見た。
そこには、例のあの人が復活したということ、現在の魔法省がそれを隠ぺいしようとしていること、ホグワーツの異変などが赤裸々につづられていた。

「思い切りましたね。セドリック先輩には被害ないですか?」
「大きな被害はないよ…魔法省でのインターンではちょっと人の視線が痛かったけど」
「お疲れ様です…」

セドリックにっこりと笑ってはいたが、目元が全く笑っていなかった。
それなりに苦労をしたのだろうことは目に見えて明らかだ。
温和なセドリックがなまえにこれを見せたくらいなのだから。

なまえは苦笑いをしながらも、セドリックの愚痴に耳を傾けた。
それによると、魔法省の近況はかなりまずいらしい。
ポッターのインタビューだけではなく、魔法省内でも保守派と過激派の2手に分かれてしまい、ギスギスとしているそうだ。
まだ就職もしていないセドリックは上司にどちら側の人間かと問い詰められ、その上、君はあの場にいたんだろう、何か知っているのだろうと尋問らしきことまでされたらしい。

尋問の際には、すぐにセドリックの父が気付き、止めに来てくれたからよかったものの、兎に角普通の状態ではないとのことだ。

「どこもかしこも、疑心暗鬼になってるんだよ」
「まあ現状を鑑みれば、そうもなりますよね」
「就職したくなくなってきたよ…本当に」

なまえは本当に苦笑いしかできなかった。
就職しようがしまいが、大変なことに変わりはない。
それこそ、家で引きこもりをするくらいしか、現状の混乱から逃げ出すすべはない。
どこに就職しても、同じようなものだ。

セドリックも心の中ではそれを理解しているのだろうが、如何せん、ついて行けないようだった。
去年とのギャップもあるのだろう。

「大丈夫ですよ、混乱しているってことは何かしら動いているってことですから。いつかは騒動も収まると思います」
「…そうだね、早くそうなってくれるといいな。せめてなまえが就職する頃には収まっていて欲しいね」

その騒動の治まり方が、どのようになるのかはなまえにもわからない。
ただ、一筋縄ではいかないだろう。
それこそ、どちらの味方にも付かない人が動かないと、どうにもならない。

そう、セドリックのように、何とかなって欲しいと望む人任せな人たちが動かなければ。
なまえもセドリックと同じ立ち位置にいるから何も言えないが、きっと選択を迫られたら選ばなくてはならない。
その時、何を選ぶのか、何を優先するのかを考えなければならない。

「備えあれば、憂いなし、か」

考えておかなければならない、何を優先すべきか。
自分の中で整理をつけておかないと、その時に選べなくなってしまう。

なまえはそっとザ・クィーブラーを閉じた。



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