98.備えあれば
クリスマスを終え、生徒たちがホグワーツに戻ってきても校内はどこか不穏な空気を帯びていた。
例年通りであれば、クリスマスの話で盛り上がる生徒たちもどこか沈んでいる。
スリザリン寮も例外なく静まり返っている。

「なまえはクリスマスもここにいたんだろ?どうだった?」
「どうもこうもないけど」

どうもこうもない、なまえは殆ど寮を出ていなかった。
ザビニが聞きたかったことは恐らく、クリスマス中の教師の話だろう。
なまえはそれを読み取っていたが、そう返すほかなかった。

教師たちの集まる大広間に顔を出すこともなかったから、様子は知らない。
しかし、雰囲気が悪かったであろうことは想像にたやすい。
ザビニもそれは想像できたのか、なまえのつれない返事にも特に何も言わず、かぼちゃジュースの入ったゴブレットを傾けた。

「…なまえ、アンタなんか機嫌よくない?」
「そう?」
「そうよ。なあに、いいことあったの?」
「うん」

感情が表に出にくいタイプのなまえだが、パンジーにはばれているらしい。
気付かれてしまうくらい喜んでいることが何だか気恥ずかしくて、両手で包むように持ったマグカップに口をつけた。
揺れる甘い湯気になまえは目を細めて、背中のあたりでクスクスと笑うリドルの気配を窺った。
彼もまた、姿を現してから機嫌がいい。

パンジーは好奇心を露わにして、何があったのかとなまえに詰め寄ったが、なまえは固く口を閉ざしたままだった。

「機嫌がいいといえばドラコもいいよな」
「当たり前だ。ザビニ、お前は新聞を読んでいないのか」
「ながら行動は嫌いなんだよ」

パンジーがしつこいのを見かねたザビニが無理やり別の話題を引っ張り出してきた。
なまえはそれにほっとしつつ、2人の話に耳を傾ける。

パンジーの目の前で新聞を開いていたドラコが、静かに新聞を畳み、一面記事をテーブルの上に載せた。
そこには痩せこけた男女数名がプレートを持って、こちらを睨むようにこちらを見ている写真が大きく乗っている。

後ろのリドルも面白そうになまえの背後から身体を乗り出して、その写真を見た。

『ああ、ブラックの家の娘だね。ドゥルーエラにそっくりだ』
「アズカバンから脱獄?」
「ああ。新聞ではシリウス・ブラックが主犯だと書いてある」

なまえははて、と首を傾げた。
シリウス・ブラックは確かアニメ―ガスを使って脱獄したはずだ。
もし彼が主犯で集団脱獄に手を貸したとなれば、全員アニメーガスでないと説明がつかない。

しかし、アニメーガスの習得はそう簡単ではない。
死喰い人のような、闇に対する防衛術や攻撃魔法をよく使っているだけの人々ができるのか。
そもそも、できたとして海を渡ることができる動物になれるとも限らない。
なので、アニメーガスを使っての脱獄の確率は非常に低い。

ならば、何があったのか。
ちらとリドルを見ると、目を細め、眉に皺を寄せていた。

『ヴォルデモートの仕業だろうね、十中八九』
「大丈夫なのかな」
「まあホグワーツにいる分には大丈夫だろうけど」
『用心するに越したことはないよ。魔法省がヴォルデモートを黙殺している以上危ない。ダンブルドアがいる間はまだいいけど、魔法省はすでにダンブルドアを目の敵にしているし』

ザビニの見解とリドルの見解が見事に割れる。
なまえは即決でリドルの見解を選んだ。
悪い想定をするに越したことはない。

ザビニたちはシリウス・ブラックがどのような人物で、どのように脱獄したのかを知らない。
だから魔法省の情報を鵜呑みにするほかない。
両親から話を聞くことができれば、その情報と比べることができるのだろうが、今はそれがない。

きっと、学校にいるほとんどの生徒がそうだ。
だからこんな新聞が出回っても、いつも通りの日常を謳歌できる。
しかし、そのうちの一部の人だけが気付いていることだろう。
大広間の一番奥、教師たちの座るテーブルだけが不穏な空気を醸し出しているということに。

「…僕らは僕らのやると決めたことをやるだけだ」
「うん」
「お前ら真面目だよな」
「備えあれば憂いなしって知ってる?」

今まで静かにしていたザビニがぽつりとそう呟いた。
なまえがそれに同意すると、ザビニは面倒くさそうに目を細めたが、ノットとなまえは彼をねめつけるだけだった。
結局ザビニが折れ、今日は2年生に防衛呪文を教えようとプログラムを作り始めるのを、パンジーが可笑しそうに笑った。
スリザリンも今は問題がなさそうだと、なまえはホッとしていた。
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