冬場は苦手だった。
冷え性のなまえは布団に入っていても末端がすぐに冷たくなってしまう。
布団の中にいても寒いと思うことが多々あった。
ここの所は特にそうだった。
だが、今日はやたらに温かく、心地よい。
少しだけ意識が浮上したが、身を包む温もりがなまえの意識を混濁させる。
「おやすみ」
頭を撫でる手は優しく、穏やかな声はなまえをほっとさせた。
周囲はとても静かだった。
布団の中は温かくて、心地よい静けさがあって、なんていい日だろうと思った。
なまえはそっと目の前の胸に額を押し当てた。
やはり、自分のいるべき場所は、いたい場所はここだ。
静かで穏やかな場所、ずっとそこにいたいと思う。
だから、そこを守る、大切な住処。
そうして、目を閉じる。
とても幸せな気持ちになった。
結局のところ、私はリドルが好きなのだろう。
昼下がりに起き、遅めの朝のお茶を飲みながら、なまえは思った。
確かにセドリックも好きだ。
だけど、その好きの質感が違うのはわかる。
そして、亡くして死にそうなくらい辛くなるのは、リドルだった。
つまりは、リドルを愛していて、セドリックは好き。
恋も愛も知らないなまえは、去年、胸に湧きあがった奇妙な感覚を恋と判断した。
その判断は間違っているとは言えない、確かに恋だったのかもしれない。
しかし、今、なまえはそれ以上のものを見つけてしまった。
動かない心の一部を揺れ動かす存在。
リドルがいなくなった時の動揺と深い悲しみ、耐え切れない孤独感は尋常ではなかった。
「なまえ、プレゼントが結構届いているけど」
「…うん、片付けるよ」
リドルが実体を持った姿で、ベッドの天蓋をそっと開けて、こちらを覗き見た。
ちらと天蓋の外を見ると、色とりどりの箱が置かれていた。
足の踏み場もなさそうだ、早く片してしまおう。
紅茶のカップをサイドテーブルに置いて、なまえはベッドの上を移動した。
そして、リドルの開けてくれている天蓋の外に向かって、軽く杖を振る。
それだけで、色とりどりのプレゼントたちは壁の脇に退いた。
「まだ眠い?」
「そうでもないよ」
「そう?ぼんやりしてるみたいだったから」
なまえがぼんやりしていう理由はいくつかあった。
自覚してしまったリドルへの思い、セドリックへの申し訳なさ、今後のこと
こんなにも多くの感情が入り混じった状態になるのが初めてだった。
なまえは得体のしれない混乱と疲労にぐったりと身体をベッドに横たわらせる他なかった、
眠いわけではない、久しぶりによく寝た。
しかし、身体のどこかが淀んだ泥の如く重いように感じている。
その原因はわかっていても、解決方法が見つからないから不安も煽られる。
どうしたらいいのかわからなくて、リドルがもう一度自分の前に姿を見せてくれたことを手放しで喜べない。
「もやもやする?」
「…リドル、勝手に開心術使わないで」
「使ってないよ、なまえは分かりやすいから」
リドルは意地悪そうに唇を歪ませて静かに笑って見せた。
消える前に見せた焦燥の様子とは打って変わって余裕そうなリドルを、なまえは恨めしそうに見上げた。
深緑のベッドに散らばった黒髪が吊り上げられて、なまえの肩や背に集まる。
薄紫色のネグリジェから覗くエキゾチックな黄色みを帯びた陶磁の肌に黒い糸を身体中に纏わせたなまえの姿は妖艶で、リドルですら息を飲むほどであった。
それほどに身体は成長したにも関わらず、なまえの心は未だ、発展途上といったところだ。
今、リドルに対して感じている気持ちがなんであるかを理解してなお、セドリックへの気持ちへの整理をつけられないくらいには、子どもだった。
「ゆっくりでいいよ、少なくとも僕は君がいる限りは傍にいるんだから」
「それってかなり…ああ、何でもない」
たとえ、セドリックと一緒になろうとも、リドルはずっとそばにいる。
なまえはその事実を知りつつも、今まで見て見ぬふりをしていた。
正直、セドリックにはばれることもないだろうし、彼がいようと問題はないだろうとすら思っていた。
しかし、今になって、ようやくそれが愚かな考えであると、なまえは理解した。
セドリックがなまえを思えば思うほど、なまえの不審な様子には気づくはずだ。
そしてそのうち、なまえとリドルの関係にも気づくだろう。
その時を考えれば、先にリドルの存在を言っておかなければならない。
幽霊とはいえ、リドルは一人の男であり、その上、なまえに好意を抱いているときたら、セドリックも黙ってはいられないだろう。
リドルはそれをわかっていてなお、なまえの傍を離れない。
なまえはその事実に気が付いたとき、リドルの気持ちにもそれとなく気づいた。
自惚れてもいいのであれば、自分とリドルは両思いであり、リドルは自分を愛してくれていると。
「…とりあえず、お腹が空いた…」
「しもべ妖精に頼んだらいいさ、大広間に行く気はないんだろう?」
なまえは様々なことを考えていたが、やがてそれをやめた。
それらを考えることは非常に疲れるし、何より考えてばかりでは解決できないとわかっていた。
気を取り直して、クリスマスを楽しむ方向に気持ちを転換させることにした。
まだこの問題は火種を持ち心の中で燻ってはいるものの、クリスマス休暇でセドリックが帰省している今、早急に行動を起こせるものではない。
そうとなれば、自分の心にゆとりを持たせ、冷静に対処できるようにするように努力することが最優先だろう。
なまえはそう考えて、とりあえず身体の求めるまま、食事をすることにした。
なまえの心境を知ってか知らずか(知っているはずがないのだが)リドルは晴れやかな笑みを浮かべて、指を鳴らした。
慣らすと同時に現れた屋敷しもべ妖精に、適当に食事を頼み、自分はベッドに座る。
何とも効率の良い様子に、なまえは怪訝そうにするばかりだ。
なんだか最近、リドルに心を読まれているような気がしてならない。
「なまえ?」
「リドルって頭が良いとは思っていたけど、ここまで来ると裏を読まざるを得なくなると思って」
「なんで?」
「だって私の考えていること、全部わかってるみたい」
なまえは肘を使って起こしていた身体を、ばたん、とベッドに沈めた。
その拍子に、身体に纏っていた髪が一瞬宙を舞い、ベッドへと落下していく。
ぺたん、と力なくうつ伏せになっているなまえの髪を、リドルが愛おしそうに掬いあげ、そっと唇を寄せる。
その動作がくすぐったくて、なまえは目を細め、軽く首を振って見せた。
なまえが首を振るたびに、柔らかな絹糸のような髪から甘い香りが漂うのを感じて、リドルは1人満悦層に笑みを浮かべた。
警戒心の強いなまえはこうやって人とじゃれ合うことはほとんどない。
セドリックだってこんななまえは見たことがないだろうと思うと、リドルは酷く満たされたような気持ちになる。
「何年、なまえと一緒にいると思っているの?」
「3年でしょ」
「3年もずっと一緒なら、なまえの思っていることくらいわかるよ」
なまえは怪訝そうにリドルを見て、ため息をついた。
そんなに自分は分かりやすい性格をしているだろうかと、なまえは一つ溜息をついてベッドから起き上がった。
視界の端にちらと映っていたサイドテーブルから湯気が経っていたからだ。
細かいことを考えるのはやめよう。
ここのところ多くのことを考えていたから疲れてしまった。
せっかくのクリスマスなのだから、少しはそれを楽しむべきだ。
なまえはそう思い、静かにベッドの端に移動して湯気の立っている料理をみ、もう一度リドルを見た。
「メリークリスマス、リドル。また一緒にクリスマスを迎えられて良かった」
リドルがどうして突然いなくなったのかはわからない。
自分が悪かったのか、それとも彼の気分的なものだったのか。
どちらにしても、自分に心当たりがない以上、謝るのは筋違いな気がした。
だから素直に、いつも通り、共にクリスマスを迎えることができたことを喜ぶ言葉を述べた。
そっとその言葉を彼に零すと、リドルは一瞬目を丸くしたが、すぐに複雑そうな笑顔を向けてこちらこそ、と返してくれた。
なまえはリドルの気持ちを聞くのをやめた。
記憶でありながら、彼には彼なりの考えや感情があることをなまえもわかっている。
リドルが話したくないなら、それを無理に聞くつもりはない。
なまえは、またリドルと共にいられることが嬉しくて、ご機嫌な様子でプディングにフォークを指した。