96.静かすぎるクリスマス
クリスマス休暇はいつも以上に静かなものだった。
生徒たちの大半は実家に帰ったらしい。
何があるのかわからない世になってきたから、皆会える時は家族に会いたいと思うみたいだった。

スリザリンにおいてもそれは例外ではない。
普段、嫌々帰省するセオドールですら文句を言わずに帰った。
父の動向を探ってみる、と珍しく積極的な発言を残して。

帰る実家もなく、家族もないなまえはホグワーツに残った。
ノクターンに帰ることも考えたが、コレットからきな臭いから帰ってくるな、と警告の手紙をもらったのだ。
闇の帝王の傾向も今はわからないから、下手に動かないほうがいい。
そう思ったなまえは、静まり返ったスリザリン寮に、1人残っている。

「…リドル、」

1人残ったなまえは、部屋と図書室を行き来するだけのクリスマスを送っていた。
寮監であるスネイプ先生は忙しそうで、声をかけるのも億劫になるくらいだった。
毎年煩いグリフィンドールのウィーズリー家やポッターたちもいない。
教師たちはピリピリしていて、その緊張感がこちらにも伝わる。

きっとホグワーツに残ったのが、ポッターだったなら、マグコナガル先生やダンブルドア校長が甲斐甲斐しく彼の面倒を見たことだろう。
しかし、なまえ相手となるといないものとして扱うも同然だった。
なまえもそれを当たり前のこととして受け止める、はずだった。

いつもなら誰かしらいる談話室も、今日はひとり。
ちろちろと頼りなく燃える暖炉の火を眺めて過ごしていると、嫌に時計の針の動く音が耳についた。
細い足を、1人掛けのソファーの中に納めて、膝に額を寄せた。
久しぶりに、寂しいと感じた。

「リドル」

さびしい、背筋が粟立つ感覚だった。
しんと静まり返った部屋、暗い部屋、暖炉の火が弾けてぱちんと、音を鳴らす。

いつもなら、リドルがいてくれて。
昔話だとか薬学の話だとか歴史の話だとかをしてくれて。
時には口うるさく𠮟ってくれて。
いてくれるのが当たり前で、呼べば来てくれるのが当たり前で。
甘え過ぎていたのかもしれない。

帰ってきて、なんて図々しすぎる。
素直に泣いて謝ったとしても、今の自分の謝罪はきっとリドルには届かない。
彼の聞きたい言葉ではないと思う。
でも彼が何を求めているのか、さっぱりわからなかった。

「リドル」

クリスマス休暇が始まって、寮と図書室の行き来ばかりしていた。
たくさん、新しい魔法を覚えた。
難しい薬の調合法も覚えた、ルーン文字がすらすら読めるようになった。
寂しさを埋めるように、たくさんの本で部屋を埋め尽くした。
ところで、今日で休暇は何日目だっただろう。

膝に額を押し当てる。
そんなのどうでもいい、どうでもいいのに。
いくら知識を付けたって、なまえには圧倒的に足りないものがある。
他の人と同じように感じられない、笑ったり泣いたり怒ったりすることができない。
だからリドルの気持ちも、セドリックの気持ちもなまえにはわからない。
いくら本を読んでも、知識をつけても、話を聞いても。

理解はできた、愛情の裏側には嫉妬だとか独占だとか信頼だとかそういうものが隠れているということ。
それをバランスよく相手に伝え、共に分かり合うこと。
理解はしている、だけど、分からない。
考えても、考えても、感じられない。
なまえは、自分には大きな欠陥があると15歳にして悟った。
周囲の15歳とは、モノの感じ方が違いすぎる。

それは、いけないことなのだろうか。

「リドル」

教えて、私はこれでいいの。



なまえはひとり、緑のソファーの上で丸くなっている。
暖炉の火は弱いながらも、ぱちぱち、と音を立てて、なまえの身体を温めてくれている。
正直、リドルは我慢の限界だった。

なまえは気付いていないかもしれない。
クリスマス休暇が始まってから、今日で3日が経つ。
その3日間、なまえは寮と図書室の往復しかしていないこと。
本当にそれしかしていないことに、気付いているのだろうか。

外にも出ない、大広間にも行かない…つまり、食事が疎かになっている。
こっそり、屋敷しもべ妖精に頼んで部屋に食事を置いてもらってはいる。
しかし、気付いているのかいないのか、なまえはそれに手を付けない。
精々、甘いココアを読書の合間に飲むだけだった。
出会ったばかりの頃を思い出す不安定さだった。

その原因が自分であることはわかっている。
心のどこかで、それを嬉しくすら思う。
やはりなまえは自分がいないとだめなのだと、そう感じることができるのが嬉しく堪らなかった。

しかし、リドルはその喜びを純粋に受け取ることができるほど、愚かではない。
それが歪んだ愛であり、ただの依存であることは重々承知だった。
それでも、リドルはこの込み上げるような甘い喜びを抑える術を知らなかった。

『僕も大概だな』

なまえのことを純粋に好きだと思った。
愛しているとも思った、だけど、それはやはり一般的なそれとはかけ離れたものだ。
だから、辞めようと思ったのだ。
なまえにはセドリックという一般的にみて健全で良い相方がいる、彼ならきっとなまえを幸せにしてくれることだろう。
きっと愛を知らないなまえに優しくそれを教えてくれることだろう。

だが、リドルはそれをどうしても受け入れられなかった。
誰にもなまえを渡したくはない、リドルの傍に彼女の幸せがないとしても。

そもそも、幸せとは他人に決められるものではない。
依存型であろうが、不健全であろうが、リドルがなまえを欲していて、なまえもリドルを欲しているという事実に変わりはない。
それなら、その欲の望むままにしている方がお互いに幸せだ。
もし、なまえが自ずと考えて自分と離れることを選んだなら。
その時は、身を引こう。

『ははっ、できるかな?』

身を引くなんてこと、今までやったことがないとリドルは笑った。
その時にならないとどうするかなんてわからない。

まあ、何が起こるかなんてわからない。
とりあえず今やるべきことをやらなければならい。
目の前で膝を抱えて丸くなっているなまえを抱きしめて、ただいまを言おう。
部屋で食事をして、無視をしたことを謝って、寝かしつけてやろう。

リドルはそっと、丸まったなまえの背中を抱きしめた。


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