94.嵐は近い
リドルがピアスに引きこもり始めて、数日。
なまえは目に見えて落ち込んでいた。
引きこもってしまった理由が、どんなに頑張って考えてもわからない。
確かに最近、あまり話したり甘えたりすることがなかったかもしれない。

以前、リドルはなまえの手が掛からなくなり始めて子離れされた親みたいな気分だといっていた。
その時はなまえもそうかもしれないと笑ったものだが、リドルはなまえの親ではない。
家族ではないのだ、彼はあくまでなまえの魔力で生きている。
むしろ、親はなまえだった。
なまえがリドルから子離れするということは即ち、リドルにとってはなまえを失う可能性を示唆している。
きっとあの時は、リドルだってそんなこと考えてはいかなっただろう。
では、今になってそれが不安になってきたのだろうか。
突然、このタイミングで?

「なまえ―?もう行くわよ」
「あ、うん。今行く」

考えても考えても答えは出ない。
こういう時は誰かに聞くか、本人と話すかしかない。
しかし、リドルのことを誰にどうやって説明すればいい?
何かに例えて話すにしても、リドルと自分の関係は例えようがないくらいに複雑だ。

とにかく、リドルが出てこないことが不安でたまらなかった。
普段、どんな時でも一緒にいてくれたリドルがいないということがこんなに不安をあおることだとは思ってもみなかった。
不安だし、落ち着かなくてじっとしていられない。

パンジーはベッドからノロノロと起き上がったなまえを見て、怪訝そうに眉を寄せた。
彼女もなまえの様子がここ数日おかしいのは理解していた。
たぶん、セドリックと何かあったんじゃないかと思って、セドリックを観察していたがあの男に変わったところは見られない。

「なまえ、ホントどうしたの?」
「…うん、ちょっと悩み事…」
「やだ、珍しい…ディゴリーのことじゃないんでしょ?」
「よくわかったね」
「ディゴリーがいつも通りだから、そりゃね。あの人、すごくわかりやすいし」

所々はねているなまえの髪を気にして、パンジーは櫛を差し出した。
なまえはそれを受け取って、自分のベッド脇の引き出しから緑のリボンを取り出して、さらに悲しくなった。
自分の周りにはリドルの面影がありすぎる。

なまえはさっさと髪を結んで、部屋から出た。
パンジーはそのあとを追って、階段を降りてくる。

「で、どうしたってのよ」
「…うまく説明できない」
「何それ?ざっくりでいいわよ」
「男心が全然わからない」
「え、ちょっと待って、浮気?」
「いや、それは違う…!」

ざっくりしすぎたせいか、あらぬ疑いをかけられてしまった。
慌てて否定したが、パンジーは冗談半分だったらしく、そうよねえ、とケラケラ笑っていた。
その反応に少しムッとしたが、どこかホッとしたのも確かだった。
いつも通りのパンジーの明るさに、こちらまで少し明るい気持ちになれたような気がする。

パンジーは笑いながらも、うまく説明できるようになったら話してよね、と付け加えた。
やはり、彼女は気の回る優しい人だ。

「おはよう、ドラコ!」
「ああ、パンジー、なまえ。おはよう」
「おはよう」

大広間につくとすでに、ドラコが席についていた。
ノットとザビニも一緒だ。
パンジーは元気にドラコの隣に速足で向かって行く。
なまえはその後ろに続き、ノットの隣に座った。

彼は少しザビニのほうによって広めにスペースを取ってくれた。
ザビニはちょっと怪訝そうにノットを睨んだが、彼は気に留めていない。

「おはよう、ノット、ザビニ」
「はよ」
「おはよう、今日は魔法生物学だね」
「ああ…忘れてた。今日は何するんだろう」

ザビニはそっけなく挨拶を返した。
どうやら手元にあるトーストに夢中らしい。
ノットは紅茶を片手にフルーツをつついており、なまえが挨拶をすると律儀に話題と近くにあったトーストと果物の盛り合わせの皿をくれた。
なまえはそのどちらも受け取って、自分の近くに置いた。

ハグリットがいないため、魔法生物学の授業は無難なものになっている。
悪くはないのだが、あまり面白くもない。
なまえはボウトラックルが嫌いだったわけではないが、物足りないとは思っていた。
ピクシー妖精のような人間型の生物よりも、ヒッポグリフのような獣型の生物のほうが好きだからだ。
その点で言えば、なまえはハグリットの授業のほうが面白いと思っていた。
まあ、尻尾爆発スクリュートにはこりごりだが。

「そういや、森番帰ってきてたっぽいな」
「え、そうなの?」
「今朝、散歩してたら見かけた。今日から森番が先生なんじゃね?いつまで持つかは知らないけどな…」

トーストを食べ終えたザビニが、思い出すようにそう言ったので、なまえは彼を見た。
ハグリットを誰かと見間違えることはないだろうから、確かなことなのだろう。
では、今日の魔法生物学は何か面白いことが起こるかもしれない。
ただし、面白すぎるとアンブリッジに目をつけられるかもしれない。

ザビニもそれを懸念しているらしい…まあ彼は魔法生物学に興味はないから、教師が誰になろうとあまり関係はないのだろうが。


魔法生物学の教師は、ザビニのいう通り、ハグリットだった。
しかし彼は痛々しい傷を顔に負っており、包帯は赤黒く染まり、瘡蓋のようになっている部分も緑がかった色をしていた。
彼がかなり傷を負って帰ってきたことは、一目瞭然だった。

こうなると、なまえの考えていたハグリットは巨人かケンタウロスと話し合いをしてきたという推測が正しいように思えた。
リドルに意見を聞こうと思って、今彼は引きこもってしまっていて話しかけても無意味だということを思い出してまたぶり返すように悲しくなった。

ドラコのハグリットを馬鹿にしているような声が遠くに聞こえる。
ハグリットと何か言い争っているようだが、なまえはほとんど聞いていなかった。
ぼんやりと暗い森の奥を見ていた。

「集まれ集まれ、さて呼ぶぞ」
「なまえ、大丈夫…?」
「あ、うん、ごめん。ぼんやりしてただけだから…今行くよ」
「暗いから足元気をつけて」

ぼんやりしていると、ノットが心配そうに近寄ってきた。
どうやら集合の号令をかけていたらしい。
いつまでも近寄らないなまえに気付いて、わざわざ戻ってきたようだ。

なまえははっとして、ノットの後を追いかけた。
駆け足になるなまえを見たノットが、手を伸ばして転んでも大丈夫なようにフォローしてくれた。
2人が集まるころには、生徒たちはみなざわついていた。
2度ほどハグリットが合図を出しているらしい。

「あ、」
「…これだったのか」

三度目の合図の前に、イチイの木の隙間から黒い姿の馬らしきものが姿を現した。
なまえはそれを知っている、毎年お世話になっている。
ホグワーツ行の馬車を引いている馬、セストラルだ。
ノットとなまえはお互いにこの馬が見えていることを知っている。
また、この馬が見えることの意味も分かっている。
ノットは少し嫌そうに、眉根をしかめた。
これが見えることについて聞かれるのが嫌なのだろう。

辺りを見渡すと、セストラルが見えているのはポッターとロングボトムだけのようだった。
ぱちっと、ポッターと目がった。

「これが見える者は?」

ポッターはその声に、ぱっと手を挙げた。
その拍子になまえから眼を離した。
ハグリットがセストラルについて説明をしている間、なまえは自分たちの背後から来たセストラルを見ていた。

セストラルはよく鞣した艶々とした革のような羽を畳み、肉のある方へと向かって行く。
触りたいと思っていたなまえは少し落ち込み気味だ。

「おお、来たぜ。桃色おばさん」
「桃色おばさん…」

ザビニが教科書の角で彼の背後、森の入口の方向を指した。
なまえはちらと彼の脇からアンブリッジを見た。
森に来るには全くそぐわない桃色のふわふわしたカーディガンが良く目立つ。

セストラルを眺めていたノットもアンブリッジを見て、暇なんだね、とつぶやいた。
授業を受け持ちながら、学校内の教師の様子を見て回るとは逆に大変なんじゃなかろうかとも思ったが、そもそも授業は教科書を読ませるだけなので大して大変ではないのだろう。
なまえはそこまで考えて下らないと一蹴した。
アンブリッジのやっていることも、今の子の学校の状態も。

なまえはじっと牛の肉を啄むように食べているセストラルと、アンブリッジに質問をされて戸惑っているハグリットを交互に見ていた。

「あなた、セストラルが見えているのかしら?」
「…はい」
「この授業はどうかしら?将来の役に立つと思う?」

じっと様子を見ていたせいか、アンブリッジがこちらに気付いてしまった。
なまえは若干距離のある場所から唐突に話しかけられて、少し驚いたが、きちんと返事をした。
隣のノットが眉間にしわを寄せて、アンブリッジを睨んでいた。
ザビニも同じで、不機嫌そうに手に持っている教科書で肩を叩いてはそっぽを向く。

ドラコやパンジーはグリフィンドール生やハグリットが嫌いだから、アンブリッジのやり方は楽しくて仕方がない。
ただ、それをスリザリン生の総意にされるのは、甚だ遺憾だった。

「私はこの授業を有用だと思います。ここにいるセストラルたちは人に慣れていて、大人しく従順です。今後、このようなセストラルたちが増えれば、魔法省やグリンゴッツなど主要機関の警備にあてることもできるのではないでしょうか。もし、授業でセストラルを習わなかったら、こんな風には思わないでしょう。ですから、この授業は役に立っています」

セストラルは見える人と見えない人がいる。
その点を生かせば、見えない番犬になることもできるだろう。
従順であれば、躾次第で警備向けの性格に調教することもできる。

アンブリッジは目を大きく見開き、ぱくぱくと口を開閉させた。
どうやらスリザリン生からそんな返事が返ってくるとは思ってもみなかったらしい。
アンブリッジはややあってようやく、優秀な子ですね、といった。
それ以外の言葉は浮かばなかったようだ。
アンブリッジはすぐなまえから眼をそらして、またハグリットに向き合った。

「やるじゃん」
「私、あの人やっぱり好きじゃない」
「あいつが好きなやつなんていないだろ。ドラコだって利用してるだけだろうし」

ニヤニヤ笑いをしたザビニが教科書でなまえの肩を軽く小突いた。
どうやら彼なりに褒めているらしい。

スリザリン生の大半はアンブリッジに対して無関心だ。
彼女がスリザリンに対してデメリットを与える存在ではないということが大きい。
また、だからといって与えるメリットもそこまで大きくない。
だから自分たちに危害が加わるまで放置しておこうというのが、大体の考えだ。

そして一部だけがアンブリッジを利用して、自分の嫌いな者たちに嫌がらせをしようとしている。
人それぞれではあるが、スリザリン生のほとんどが感じていることがある。

この茶番のような学校生活が、嵐の前の静けさなのではないかということ。
こんな状況なのにダンブルドアが動かないというのは、彼がそれ以外のことに忙しいからなのではないか。
忙しい理由が、例のあの人関連のことなのではないか。
実家の不穏な空気や、学校の異様な様子、何も言わない魔法省。
敏感にそれらを感じ取っているからこそ、アンブリッジという下らない道化師なんて見ている場合ではないとそう思うのだろう。

なまえはご機嫌に揺れる桃色のカーディガンを胡乱気に眺めながら、そう思った。

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