黒子さんちのエアコン
夏休み、私は毎日がホリデーだ。
塾入っていないし、お母さんに行け行けといわれた夏期講習も駄々こねて回避。
部活なし、友達なし、予定なしの三なしを達成。
そして、家で延々とだらだらして、もう溶けるんじゃないかなってくらいになったころに母の雷が落ちた。

「見ててイライラするからどっか行って来なさい」
「え、可愛い娘に言う言葉?それ」
「勉強もしない、手伝いもしない、友達もいないなんてだらけ切ったお父さんみたいな子に可愛いなんて言いません!友達の一人でも作って予定を作ってきなさい」

さりげなくお父さん貶められてる、かわいそう。
さて、家主である母に怒られてしまっては仕方がない。
私はパジャマからショートパンツとTシャツに着替えて、ショルダーバッグを持った。
中には小銭入れとタオルと水筒。
小学生かって感じの身なりと持ち物で、家を出た。

家を出た瞬間、部屋に戻りたくなった。
偉大なり、エアコン。
くるっと踵を返して玄関に手を掛けたら、ベランダから母からの叱咤が落ちてきたので、手を離した。
仕方ない、どこかに行ってみよう。

当てもなく、私は陽炎の立つ道を歩いた。
もはやBGMと化している蝉の声とか子供たちのはしゃぐ声とか。
懐かしいなあとどこか思ってしまうのは、大人になったからなのだろうか。
いや、大人というほどのことではない、私はこれから大人になるんだから。

「どこに行こうかな」

さっきから同じ呟きを3回ほど零している。
当てもなくトコトコと歩いてさまようこと、すでに1時間。
要領の悪い子、とはよく言われるが確かにそうだ。
歩くだけで1時間を消費してしまった。

特にやることもないから何時間でも消費すればいいのだけど、もっとお店に入って涼むとか誰かの家に行ってみるとか、そういう考えがあってもよかったのかもしれない。
でも、私には家を訪れるような関係の友達はいない。
もしかしたらこうして歩いているうちにも、誰かとすれ違っていたのかもしれない。
でも、私にはそれが分からない。

「…苗字さんさん?」
「黒子?」

夏休みに入って初めて、親以外の人に呼ばれた。
記念すべきその人は黒子だった。
黒子は不思議だ、なぜか彼の声は覚えていられる。
静かな水面のような人で、隣を歩くと波紋が帰ってくるような感じがする。
別にジョジョの読みすぎじゃないぞ。

さて、黒子は肩から大きなスポーツバックを引っ掛けて、いかにも部活帰りですみたいな恰好だった。

「ねえねえ、これから暇?」
「家に帰って休みます。疲れました」
「そっか、じゃあ黒子の家、遊びに行っていい?」
「…休むって言ってるじゃないですか」

まあ確かに黒子は目に見えて疲れているようだった。
何ていうかオーラが疲れてますって感じ。
直観的なことしか言えない単純脳にため息。

「私も休みたい。かれこれ2時間くらい歩きっぱなし」
「家に帰ってください」
「お母さんに夕飯まで帰ってくんなって言われた」

ちょっとさば読んでみた。
正確にはその半分くらいしか歩いていない。
後者は先ほどのお母さんの様子を見ての私の見解である。
相当イライラしていたみたいだし、触らぬ母に祟りなし。

黒子は私と話すのも疲れるみたいだ、うんうん。
これなら畳みかければ家に上がりこむことができそうだ。

「…わかりましたよ、でもあんまり面白いことはないですよ」
「大丈夫!黒子の存在が面白いから!」
「やっぱり帰ってください」
「ごめん、嘘!」

やった、黒子家にお邪魔する権利ゲット!
黒子は諦めたように一つ溜息をつくだけだった。

私は黒子の隣に立って、さあ行こうと手を引いた。
ああ愛しのエアコン!


(苗字さんさんは警戒心というものがないんですね)(何を警戒することがあるの!私はこんなにも手ぶらなのに!)(国語力と想像力もないみたいですね)
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