安心すべきことに、新入生代表は赤司くんみたいな変態ではなかった。
それから、クラスメイトもそこまで変人的な人はいない。
ちょっとほっとしたのは秘密だ。
ただし、テツヤの前の席の彼だけは、私的に要注意人物だと思う。
この人も変わった雰囲気を纏っている、獣臭い。
「名前さんさん、気付きました?」
「うん。すごくバスケ馬鹿に似てるね」
昼休み、テツヤは私の机の傍に来た。
私があまりに見ていたせいか、テツヤも気付いたらしい。
テツヤもかつての相棒によく似た雰囲気を感じ取っていたらしい。
ただ、似ているといっても彼は青峰じゃない。
テツヤはただ似ていると思っているだけかもしれないが、彼に青峰の影を見ているようでは危ない。
少なくとも私はそう思うが、テツヤがどう思っているのかはわからない。
「ま、話してみないことにはね」
「そうですね…、今日部活見学に行くので、その時にでも」
「うんうん。たぶん、彼、テツヤに気付いてないからね!」
「…でしょうね」
テツヤはちょっと落ち込んだような、でももう慣れたような、そんな微妙な顔をした。
彼の影の薄さは高校生になっても変わりないようだ。
恐らく青峰似の彼…確か火神くんだったかな?も後ろにいるテツヤのことを認知していないだろう。
そして、今日の部活動見学でも、認知されるのか疑問だ。
何たって、入部希望届け出すときに認識されてなかったみたいだし。
「名前さんさんは今日からバイトですか?」
「おうとも!バイト2日目!」
「頑張ってください。帰りに寄りますから」
バイトの面接は入学式前に受けて、見事採用。
というか、不採用の可能性もあったのにすっかり失念していた。
その適当さと自分の自信過剰なところにちょっとだけ嫌気がさしたのはここだけの話だ。
入学式前にレクリエーションとして少しだけ仕事内容を教えてもらい、マニュアルをもらった。
そのため予習には余念がない、失敗するのって苦手。
バイトは上々。
覚えることはたくさんあるけど、教えてくれる先輩は優しいし、店長さんもたくさん褒めてくれる。
褒められると調子に乗るからなあ、と思いながらも緩む頬を正すすべを私は知らない。
「名前さん、」
「あ、テツヤ。お疲れ」
これからどうやって店に馴染んでいこうかなあ、と夕食どきで少し人の増えた店を眺めながら考えていた。
しかし、店先のドアへの注意を払っていないわけではない。
ドアが開けば、きちんとそちらをみるようにはしている。
そしていくら影の薄いテツヤでも、自動ドアは彼の存在を認識してくれる。
ってか思っていたより来るのが早い。
上がる時間より、1時間ほど早い。
「あーそっか、今日は部活ないの?」
「プレみたいな感じでした。待ってますから大丈夫です」
「ごめんねー」
いつもテツヤが頼んでいるシェイクをレジ打ちして、作って渡す。
シェイクはレジの近くにマシンがあるので、レジの人が作ることも多い。
お客さんの少ない時間は店員も少ないので特にそうなる。
テツヤはお礼を言ってシェイクを受け取ると、店の窓際の席に座った。
私は時間で決められていていた仕事をやるべく、バックに戻った。
この店では、夕方の時間になると夜用の食材を冷凍庫から出して、解凍するようになっているらしい。
備え付けのジャンバーと軍手をして、言われた通りパティやソースを冷凍庫から出していく。
「名前さんちゃーん!冷凍庫のパティ、もう一箱出してもらえる?」
「あ、はい」
どうやら表が忙しくなってきたようだ。
先輩たちが慌ててパティを焼いている…鉄板いっぱいに。
大量の注文が入ったのだろう。
とりあえず言われた通り冷凍庫からパティの箱をもう一箱出して、表に出た。
「バーガー包みますね」
「ありがとー、時々いるのよね、突然大量注文してくる人」
それ出したら上がっていいよ、と言われたので、ちゃちゃっと片付けて事務所に戻った。
タイムカードを切ってすぐに携帯を開く辺り、恋してるって感じがして、なんだか恥ずかしい。
「ん?」
携帯にはメッセージが2件、1件は母からで夕飯はいるのかという内容。
もう1件がテツヤからで、すいません、少し出てきます、迎えに行くので待っていてください、とのことだった。
時間を潰すのには困らないので、制服に着替えてから、シェイクを買って客席で待った。
宿題でもしていればちょうどいいだろう。
「名前さん、ごめん」
「いいよー」
テツヤが帰ってきたのは、私が上がってから30分ほど経った後だった。
急いで帰ってきたのか、薄らと汗をかいている。
休憩するかと聞いてみたが、もう遅いので帰りましょうという返事をもらった。
お母さんに夕食はいるとメールだけ送って、店を出た。
「どうしたの?」
「火神くんと鉢合わせたので、ついでにバスケしてきました」
「ほー、どうだった?」
どうやら、さっそくバスケ馬鹿2号に遭遇し、バスケをしに行ったらしい。
曰く、全く敵わなかったと、それはそうだろう。
テツヤのバスケは見たことがないが、噂には聞いている。
「これからが楽しみです」
「それはよかった」
テツヤの満足そうな顔をみて、少しほっとした。
というもの、テツヤは3月くらいからずっと暗い影を薄らと落としていたからだ。
中学の卒業間際、気が付けば青峰ともあまり話さなくなってしまっていたし、テツヤの周りからバスケ部のメンバーの影が薄れて行っていた。
気になってはいたが当事者に聞くわけにもいかず…というよりは、聞く勇気もなく、放置してしまっていた。
全く役に立たない彼女である。
閑話休題、兎に角そう言った暗い部分抜きでバスケの話をしてくれたというのが、私にとっては嬉しかった。
このまま、うまくいってくれればいいな、と思いながら、歩いて駅へと向かった。
(そういえば、変な感じですね)(何が?)(帰宅部の名前さんさんと暗い道を歩くというのが)(進化したからね、帰宅部)