ぼくらのキセキ
冬の海は、灰色だ。
夏のような煌びやかな青ではなく、静かな灰色。
夏が生だとしたら、冬は死。
ただ、その死は決して冷たいものではない。
ひんやりとした静寂の死は、それこそ嵐の前の静けさ。
春になれば、また息を吹き返すように柔らかな空気をその水に纏わせることだろう。

ざざん、ざざん、と海鳴りが響く。
これだけは夏も冬も変わらず、力強い。
2年前の夏、私たちはただ夢中になってこの海を目指した。
丘を越え、川を渡って、海に。

今、私たちは卒業式を終えて、その制服のまま自転車は置いて、バスでここに来た。

「懐かしいねえ」
「そうですね。僕と名前さんさんはここで仲良くなったような気がします」
「うんうん、確かに」

あの時のように無茶苦茶に砂浜を走り回ることはない。
大人になったのだろうか、あの時と変わってしまったから?
その答えは出てこないが、砂浜を走る気にはならなかった。
ただテツヤの隣をゆっくり歩く。
それはそれでいいのだ。

「1年の夏休み。部活終わりに名前さんさんに偶然会わなければ、ここには来なかったんですよね」
「そう思うと、奇跡だね」

自分で言ってちょっと恥ずかしくなった。
でも、それが事実だと思う。

私とテツヤの関係は、ただのクラスメイト。
入学してすぐの時は隣だったけど、それ以来隣になることはなかった。
もしこの一件がなければ、きっとただの知り合い程度の関係だったに違いない。
いや、もしかしたら何らかのきっかけがあって…たとえば私が女バスに入ったり、男バスのマネージャーになったりすれば…またその関係は変わっていたかもしれない。

だけど、今のような関係には、決してならなかっただろう。
今のような、こうして、静かに地元の決して綺麗とはいえない海を2人で歩くような仲には。

「はい、僕もそう思います」

テツヤのあの時よりも低くなった声が、波間に聞こえる。
波音に負けることなく、しっかりと。

だから、とテツヤが言葉を続けた。

「僕はその奇跡を、しっかり自分のものにしたいんです」

奇跡とは曖昧なものである。
その時、その奇跡が起こった今というときにだけ存在する。
奇跡を奇跡とするには、それが起きた後それをうまく扱えるかどうかが問題だ。
奇跡を一瞬の光にしてしまうか、永遠の光にするか。

テツヤはそれを永遠の光にしたいとそう思っているのだろう。
私はただテツヤの話に耳を傾けた。

「だから、ずっと一緒にいてください、名前さん」

奇跡は私か。
何だかクサい言葉だなあ、と思う冷静さは頭の片隅だけ。
大半部分は、意味を理解して、熱でオーバーヒートしている。
私がいまどんな顔をしているのか知らないけれど、テツヤは真面目な顔をしている。

あの時、同じくらいの身長で、向かい合っても同じ高さにあった彼の目が、今は上に。
彼の瞳に映った私の顔を確認することなく、私はテツヤから眼をそらした。
恥ずかしい、きっと真っ赤に染まっているだろう頬を手で覆った、熱い。
冬の寒さなんてものともしないくらいに、熱い。

「あー、うん。えっと」
「もっと率直に言ったほうがいいですか?」
「…いや、あの」
「好きです、名前さん」

うわ、マジか。
私もっとテツヤが臆病だと思っていたのに。
これがギャップ萌えか。
バクバク鳴る心臓のせいで、もう海鳴りなんて聞こえない。

答えなくては。
きちんと答えなければ、私の奇跡もこの中学3年間だけのものになってしまう。

「…私も、」
「はい」
「私なんてで、よければ一緒にいさせてください…テツヤのこと、好きだから」

結局、テツヤの顔を見ることはできなかった。
言葉を口にするだけでいっぱいいっぱいだった。

ただ、彼が喜んでくれたのは抱きしめられた腕の中でなんとなく理解した。



(僕の奇跡。僕だけの奇跡)(私の奇跡。たった一つの奇跡)
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