08.楽しけりゃいいだろ
体育館内は、微妙な空気が流れていた。
第一試合を10点差つけて勝利したうちのクラスは、次の試合も勝利した。
その試合では女バス部員がいたというのに、変わらず10点の差がついた。
そのあたりで、女子の中に妙な空気が流れるようになった。

男子ならここで問答無用で喜ぶだろう。
ノーマークだった人が強ければ、皆盛り上がる。
しかし、女子は違う。
それだけできるのにどうして運動をしないのだとか、隠していたなんてだとか、そういうごちゃごちゃした気持ちがあるのだろう。

「名前さんさん」
「あ、テツヤ。青峰も!2勝したから2つ分ね〜」
「お前、バスケできんのかよ!もっと早くいえよ!」
「バスケができるっていうか、運動はもともと嫌いじゃないよ。でも、学校だと面倒だからやらないだけ」

しかし名前さんさんはそれを気にしていないのか、気付いていて無視しているのか…おそらくは後者だ。
こうなるとわかっていたのだろう、大して気にする様子もなくヘラっと笑った。

座っている名前さんさんはこちらを見上げていたが、首が疲れるのかすぐに視線を下に戻した。
傍にあったペットボトルに手を伸ばして、取る。
若干テンションの高い青峰君を嗜めながら、名前さんさんはペットボトルのお茶を飲み干した。
白い喉がコクリと上下に動く。

「うちの家、みんな一様に運動神経はいいんだよね」
「なんでバスケやらないんだよ」
「バスケにこだわりすぎだよ、バスケ馬鹿」

名前さんさんは青峰君の言葉に、ケラケラ笑っているばかりだ。
その答えは、僕も気になる。
あれだけバスケができるのであれば、レギュラーの座だって夢じゃない。
バスケにこだわらずとも、別の競技でもうまくやれるだろう。

ただ、僕には名前さんさんが本気で勝負をする姿が想像できなかった。
名前さんさんは、ペットボトルの蓋を閉めて青峰君を見た。

「あえて言うなら、勝利に興味がないんだよね。勝つことの意味がみいだせないから、自分が楽しむだけで十分」

なるほど、納得の回答だ。
青峰君も納得はしているが、理解はできないようだった。
勝てないとつまんねーだろ、と口にしては名前さんさんに、青峰は馬鹿だねえ、と笑われていた。

名前さんさんはそういう感じだ。
僕にもわかる、楽しいからやっているだけで勝つことは二の次。
僕は少なからず勝ちたいと思うが、名前さんさんの気持ちもわかる。
また、名前さんさんはあまり人の顔を覚えるのが得意でないということから、チームで動くことに向いていない。
そう考えると、名前さんさんが強制される場でスポーツをしないというのは自然なことのように思えた。

「ま、なんで今回も楽しんでいきますよ…っと」
「名前さん―行くよ!」
「はいさ」

名前さんさんは松下さんに呼ばれてコートのほうへと戻っていった。
その後姿を青峰君はムッとした顔で見ていた。
勝ちに拘る僕ら男バスでは考えられないことだからだろうと思う。

結局、僕のクラスは準決勝で敗退した。
敗因は、相手クラスに女バスのレギュラーが数人いたことだった。
それでも互角にやり合えていたのだからすごい。
それから、この試合を男バスの一軍レギュラーが見ていた。

「へえ、すごいな」
「だろ?あれでバスケやってねーとかもったいねー」

先ほどから観戦していた僕や青峰君、黄瀬君に加えて、試合を終えた赤司くんまで合流してしまった。
彼は先ほどから形のいい猫目を細めて、コートの上の名前さんさんをじっと見ていた。
名前さんさんはボールを受け取ると、すぐに駆け出す。

「彼女、どこかで見たな」
「前に体育館の裏口でへばってた子じゃない?みねちんに馬鹿峰―!って言って走り去っていった子」
「ああ…そんなこともあったな」

赤司くんの隣で黙々とお菓子を頬張っていた紫原くんがコートを見たままそういった。
赤司くんは紫原くんの言葉に納得したらしい。

それにしても、あの名前さんさんが体育館に来るなんて珍しいこともあるものだ。
元々人ごみはあまり好きじゃなかったはず。
それに目立つことも好きじゃないから、赤司くんなんてすぐに避けそうなのに。
赤司くんはすでに、苗字さん名前さんね、と彼女の名前を頭にインプットしていた。



(ごめんなさい、名前さんさん)(ちょっと僕にはどうにもできそうにないです)
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