海色カンバス
一頻り、好きなだけ砂浜を走ってようやく落ち着いた。
よく見るとあまり綺麗でない海だが、やはり海は海。
テンションが上がってしまうのは致し方ない。

「っは…はあ、あー海―」
「…はいはい、海ですね」

テンション上がって隣にいたテツヤを巻き込んで疾走したが、彼はちょっと息が上がっている程度だ。
これが運動部と帰宅部の差。
埋められない差がそこにはあった、悔しい。

とりあえず昼近いので、先に昼食を摂った。
お弁当は暑さ的な意味でやばそうなので途中でコンビニに寄ってご飯を購入していた。
ざざん、というリアル波音BGMを聞きながら、サンドイッチを頬張る。
何だかピクニックみたいで楽しい。

「名前さんさん、疲れました?」
「いや、疲れてたらあんなに走れないし」
「そうですか、明日が楽しみですね」

にっこり、と効果音が付きそうな笑みをテツヤが浮かべる。
うん、確かに怖いね、筋肉痛。
まあ私はテツヤと違って部活があるわけでもないし、明日からまたダラダライフが待っている。

食事を終えて、絵の具を取り出す。

「…いや、先に下書きとかしないんですか」
「芸術は爆発だよ」
「芸術を語れるほどの美術の成績じゃないでしょう?」
「芸術を語るのに美術の成績は必要ないでしょう?」
「あると思います」
「うぃっす」

まあ確かに私の美術の成績は2、平均以下。
基本がわかっていないのに応用などできるはずがない、理解。
しかし、理解と行動は時に相反するものだ。

私は青の絵の具を少しの白と緑で混ぜて、水もいれて、ベッとカンバスに乗せた。
隣でテツヤが、本当に馬鹿ですね、と言った、ひどい。

カンバスの奥を水色とも何色ともいえない青で塗る。
手前を肌色みたいな生成りみたいな色で塗る。
そこからいろんな色を乗せていく。
絵を描くのは好きだ、上手い下手に関わらず。
自由に書いても怒られない絵は特に好き。

「…あれ、なんだかんだで上手ですね」
「こういうのは自由にやったほうがうまくいくもんだよ」

私のカンバスを覗き込んだテツヤがポロリと零した。
まあな、やればできる子なんだよ、私は。

せっかくかけた綺麗な海。
だけど、まあ美化ポスターだからゴミの絵もいれなければならない。
私はそれが嫌だった。
どうしようかな、と手を止めている。

「どうしたんですか」
「いや、せっかく綺麗な海を描けたのにゴミを描くのは嫌だなって思って」
「確かに…」

手を止めてしまった私を不審に思ったらしいテツヤが、うーんと唸る。
彼も私の書いた海を綺麗だと思ってくれているみたいだ、ちょっと嬉しい。
どうしたものか、と頭を悩ませる。

テツヤのカンバスは綺麗な下書きが書かれていて、大きなゴシック体で“海が泣いている”と書かれていた。

「テツヤ、なんかいいキャッチフレーズつけてよ」
「え?」
「この海が綺麗なままでいいような、キャッチフレーズ」

確かテツヤは読書好きで、国語が得意だ。
きっといいフレーズを考えてくれるに違いない。
という薄っぺらい根拠のもと、無茶振りしてみた。

テツヤはきょとんとしていたけど、私の言葉の意味を理解して眉を寄せた。

「自分で考えてくださいよ」
「えー…なんかヒントとかないの?」
「あるわけないです。自分で頑張ってください」

名前さんさんだって結構本を読んだりするでしょう?と返されてぐうの音も出ないくらいには深刻なボキャブラリー不足。
そんな私がいいフレーズなんて思いつくわけないじゃん。

綺麗な海でいい、美化のフレーズ。
綺麗にしましょうじゃなくて、綺麗な海を守りましょう。
海に来たくなるようなフレーズ、海が好きになるようなフレーズ。
海を愛したくなるようなフレーズ、浜辺を走りたくなるようなフレーズ。
フレーズといいすぎてフレーズがゲシュタルト崩壊しそうになった。

テツヤに助けてもらいたくて、ちらっと見たが、彼は絵の具の色合いに夢中である。
くっそー。

ざざん、ざざん、とBGMがずっと響いている。
一生懸命に絵の具をカンバスに乗せるテツヤ。
徐々に色付くカンバス、高い太陽。
なるほどこれが青春か、と思った。


「描き終りました?」
「終わった!」

結局ポスターには安っぽいフレーズが乗せられた。
見せてください、とテツヤに言われたけど拒否した。
ちょっと気恥ずかしいのだ。


(まあ、どっかに張り出されるでしょ)(そうですけど)(さー帰ろ!)(そうですね、暗くなる前に家につけるといいのですが)(?)(行きが下りなら、帰りは上りと決まっているんですよ)(わお、現実って鬼畜だね)
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