真っ白カンバスを駆けぬけろ!
覚えたての自転車に乗って、家の向かいの小さな公園に行った。
あの時は目の前の公園が行ったこともない場所のように新鮮で、大はしゃぎしたのを覚えている。

私は帽子を深く被って、黄色い長袖パーカーを羽織った。
足元は七分丈のパンツで、履き慣れたサンダルを突っかけた。
足元だけが夏らしい。

暑苦しい格好だが自転車に長く乗ることを考えたらこれくらいがちょうどいいだろう。
直射日光に当たりすぎるのはよくないし、コケる可能性も無きにしも非ず。

「何しに行くんだ?」
「うん、友達と海に行って美化ポスター書くの」
「あーあったな、そんなの。懐かしい」

お盆休みで実家に帰ってきている兄がソファーから身を乗り出して、こちらを見た。
有り余る長い足がソファーから零れている、少し分けろ。

「名前さん、ちゃんと日焼け止め持って。休憩の時にちゃんと塗り直すこと」
「はあい」

キッチンから顔をのぞかせた下の兄がお母さんの如く、そういって高そうな日焼け止めクリームを手渡してきた。
おーい、私の使っている日焼け止めの5倍くらいの値段じゃね?これ。
さすが芸能界で働く人は違うわ。

私は有難くそれを受け取って、鞄に入れた。
鞄の中には絵の具セットと小さな持ち歩き用のカンバス、水筒、タオル、それからデジカメ。
携帯は首から下げる。

「んじゃ、行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
「おーいってこい」

兄たちに見送られて、私は自転車にまたがった。
自転車をこぎだすと、少しだけ水分を含んだ風が頬を撫でた。

歩いて10分ほどの場所にあるテツヤの家も、自転車なら3分ほどで着いた。
彼はすでに準備を済ませて家の前で待っていてくれていた。

「おはよ!待った?」
「いえ。準備は大丈夫そうですね」
「過保護な兄たちが自転車でそれはないって言って服装にダメ出ししてきたからね」

そう、最初はショートパンツにTシャツで行こうと思ったのだ。
しかし、それを見た上の兄が危ないからといって別の服にしろと言い出した。
何が危ないのかと問い詰めていたところに、事情を聞いた下の兄が勝手に私の部屋から服を物色。
こっちに着替えなさい、とお母さんのように言ったのである。
着替えを渡すときに、下の兄が長い間自転車を漕ぐんだから焼けてしまう、とか直射日光はよくない、とか転んだら危ない、とかまあいろいろ教えてくれた。
正論だったので諦めて着替えたが、お陰様で遅刻すれすれである。

自転車を漕ぎながらテツヤは優しいお兄さんたちですね、と言った。
まあ、そうなんですよ、めっちゃ優しいお兄さんなんですよ。

「テツヤは一人っ子だっけ?」
「はい、だから羨ましいですね」
「そうだよね、私もお兄ちゃんたちがいないと寂しいし」

兄たちはもう成人していて、基本的には1人暮らし。
今はお盆だから帰ってきているけど、普段はいない。
やっぱりいないと寂しいのだ。
それに兄たちは存在感が強く、イケメンだし、片一方は俳優だし。
家にいると家の雰囲気がガラッと変わるのだ。

「確かに、名前さんさんはお兄ちゃんっ子って感じですね」
「甘えん坊に見える?」
「はい。爛漫なところとか、末っ子らしいというか」
「あーうん、比較的自由にやらせてもらってるからなー」

何かと凄すぎる兄と比べて普通な私は、兄たちに可愛がられる。
お前はいいな、普通で、とよく言われる。
まあ確かに普通が一番だ、兄を見ているとよくわかる。
兄たちは才能があるがゆえに、結構縛られているような気がするのだ。
大変そうだな、と思うけどそれは兄たちの人生だから私は口出ししない。

「テツヤはおばあちゃん子だよね」
「…そう見えます?」
「うん。マイペースなところとか、落着いてるとことか」
「まあ、アタリですね」

テツヤがどんな顔をしているのか私には見えないけど、声音から苦笑したのだろうと思う。
自転車での並走運転は危ないので直列運転で進んでいる。
声だけが、風に乗って届く。
時々、テツヤの声が聞こえづらくてもどかしい。

30分漕いで、ようやく海が見える高台についた。
遠くに見える海岸線を、自転車から降りて写真に収めた。
自転車をおして、ちょっと休憩。
テツヤはクールダウンだといっていた。

「疲れました?」
「まだ平気」
「帰りもありますから、のんびり行きましょう」

自転車に乗ると、世界が広がると思ったのはいつだったか。
覚えたての自転車に乗って、よろよろと前に進んでいたあの頃。
今まで言っていた場所から遠く離れた場所まで進むことができて、とてもうれしかった。

「懐かしいな」
「来たことがあるんですか、ここ」
「うん。自転車に乗れるようになったばっかりのころ、ここに来たんだ。嬉しくて、どこまでいけるのか試してみたくて。大冒険みたいで楽しかった」

こうしてみると、意外と近かったんだ。
あの時は何時間も自転車を漕ぎ続けて辿り着いたような気がしていた。
なんだかあれだけ大冒険をしたような気がしていたのに、こんなに狭い世界だった。
なんだか寂しいような、悲しいような、不思議な感じがした。




(大きくなったんですよ、僕らが)(だねー。なんか変な感じ)
prev next bkm
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -