07.星の眠り姫
天気のいい平日、水曜日。
俺の平日唯一の休みは、名前さん先輩のお休みの日でもある。

「名前さん先輩、どこか行くっすよ」
『どこかって。…というか、いつ電話番号なんて』
「ダメっすよ、知らない人からの電話とっちゃ」
『切るね』

茶化したら本気にされて、切られてしまった。
慌てて掛け直すと、だいぶコールをしたおかげか、出てくれた。

ちなみに番号は真央先輩に頼みこんで(まじで頼み込んだ)教えてもらった。
その旨を一応伝えておく。

『行くってどこに』
「それは名前さん先輩が決めることっす」
『…何で』
「俺、暇なんすよ。車くらいなら出します」
『どうして私は君の暇つぶしに付き合わなければならないの』

ま、そう来るだろう。
別に俺もそこまで暇なわけではない。
モデルの仕事もしてくれとマネージャーに懇願されたし、課題はまだ終わっていないし。
だけど、折角の休みなんだから名前さん先輩と過ごしたい。
結局俺の我がままである。

「名前さん先輩と一緒にいたいからっすね!」
『…あっそ。ドライブでもいい?』
「もちろんっすよ。俺、運転できるんで」

意外と食いついてきた。
名前さん先輩はペーパードライバーだと菜乃先輩に聞いた。(ちなみに菜乃先輩もペーパー。真央先輩に限っては免許を持っていないそうだ)

名前さん先輩は電話越しにちょっと考えていたようだ。
キンという沈黙が、耳を刺す。

『車に乗りたい』
「…え、どこか目的地は」
『任せる。けど、たぶん私、寝るから』
「うぃっす…」

初めてのタイプだ。
ドライブは珍しくないが、寝ることを前提にしたドライブは珍しい。
とりあえず、1時間後に名前さん先輩の家の最寄り駅に集合ということにした。

高速に乗ってみれば、意外と名前さん先輩の家の最寄りは近かった。
電車だと2時間かかるところらしいけれど、高速を下りてすぐの街なので車なら結構早くにつくことができるようだ。
待ち合わせ場所に指定された駅裏のコンビニで名前さん先輩を待った。

「あ、名前さん先輩。よかった来てくれた」
「約束は守るよ」

もしかしたら来ない可能性もちょっとあるなあと思っていたが、名前さん先輩はきちんと来てくれた。
長い髪を低い位置で2つに縛り、服装は生成色の柔らかそうなワンピース、化粧は薄め。
いつもよりもゆるっとしたスタイルで、ちょっと子供っぽく見える。
いつもは綺麗にまとめているけれど、これはこれでかわいい。
完全に寝る気だな、と思わせるような感じだけど。

「とりあえず、ちょっと買い物しません?飲み物とか」
「…うん」

ちょっと俯き気味に立っている名前さん先輩の手を引いて、コンビニの中に入った。
生ぬるい風が、身体を包むのが少し気持ち悪い。

名前さん先輩はお茶を選んでいたので、こちらは炭酸を選んだ。
あと、適当にお菓子を買った。
食事は行った先で考えればいい。

「お邪魔します」
「どぞ」

名前さん先輩は迷うことなく、助手席に乗り込んだ。
後ろに乗るかなと思っていたからちょっと驚いたけど、これは結構いい感じなんじゃ。
一生懸命にシートベルトを引っ張っている姿を微笑ましく見てそう思った。

しかし、30分もすると本当に名前さん先輩は眠ってしまった。
ちょっと意地悪しようと思ってずっと話しかけていたのに、途中から完全に寝た。

「いや、早すぎ…まだ30分なんだけどなあ…」

何が悪かったのか、BGMに流したジャズか。
海辺を走るのはいいけど、隣は寝ているし。
雰囲気は何もないし、…これで夕暮れ時ならまだ許せたけど、まだ昼前。
車を止めるか迷うレベルだ。

ちなみに目的地は特に考えていなかった。
海に行こうかとも思ったけれど、名前さん先輩のイメージ的に、あまり好きじゃなさそうだったからだ。
このまま海沿いを走って、適当な街に行こうかなと思っていた。

ちょっと車を止めて、助っ人に意見を求めることにした。

「あ、もしもし」
『何、黄瀬』
「名前さん先輩と今ドライブなんですけど」
『ああ、名前さん寝たでしょ』

電話相手はすべてお見通しだった。
カラカラと可笑しそうに笑っている。
この人わかってて、俺に車使えっていってきたな。

ハンドルに凭れかって、ちらと名前さん先輩を見た。

「開始30分でぐっすりっすよ」
『だろうね。名前さんは乗り物に乗るとすぐ眠くなるタイプだから。…電話が終わったらすぐ、ドライブ再開しなよ、止まってると起きちゃうから』
「え、なんすか、その鬼畜」

そう言っている間にも、ちょっとぐずった。
え、マジで起きるの?

『名前さんは赤ちゃんみたいなもんだからね。揺らしておいてあげないと』
「車はゆりかごっすか」
『そういうこと。まあ、最近名前さん疲れてるみたいだったし、寝かせてやってよ』
「了解っす…あ、マジで起きそう…じゃあ、また。真央先輩」
「…誰にでんわ?」

あ、やばい起きた。

眠たそうな目をこすって、掠れた気だるげな声で。
シートベルトに凭れかかっていた頭を、ゆるりと反対側に倒した。
前髪が目にかかって邪魔そうだ。

「真央先輩っすよ」
「…ふうん」

寝起きだからか不機嫌さが一割増みたいだ。
目にかかっている前髪を払おうと手を伸ばす。
白い額に指先が触れると、名前さんはびっくりしたように身体を竦ませて、目を瞑った。
何だかエロい。

調子に乗って、額にキスを落とすと小さな声が漏れる。

「っ、なにするの」
「あれ、そんなに嫌じゃない?」

少しだけ目に涙を浮かべて。
こちらを睨むように見上げていても、それでは全く怖くない。
というか、名前さん先輩はいくら威嚇しても何しても、あまり怖いと思えない。
まるで子猫が威嚇してるみたいな感じがして。

運転席から身を浮かせて、助手席に近づく。
怯えたような瞳が、加虐心をくすぐる。

「いやだよ」
「そうでもない癖に」
「うるさいな」

否定の言葉が止んだ。
その代わりに拗ねたのか、ふいとそっぽを向かれてしまった。
キス、できそうだと思ったんだけど。

とりあえず水分補給をして、ドライブを再開。
今度は名前さん先輩も起きていようという努力をしているようで、相槌の質が上がった。
だけどそれも1時間は持たない。
1時間を少し過ぎたあたりで、また先輩は眠り始めてしまった。



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