03.惑星と星
早い話、私は彼が嫌いだった。
ずかずかと自分の領域に入ってこようとする彼が。

「あ、名前さん先輩」
「君、また来たの」

朝のバイトにまで来るようになった彼は、馬鹿みたいに元気だった。
前に私が作ったコーヒーゼリーが食べたいといっていたけど、まさかそれを実行しに来たのか。

「コーヒーゼリー作りました?」

そのまさかだったようだ。
それだけのために、朝からご苦労なことだ。

「まだ。今から作るから、ちょっとかかるよ」
「じゃあブレンドとチーズトーストで…これ終わったら学校っすか?」
「そうだけど」

コーヒーゼリーはこんな朝から出るわけじゃないから、開店した後に作る。
今日は雨だし、客足も遠のくから後回しにしていた。
しかし、注文されてしまったなら作るしかない。

私はブレンドコーヒーを抽出しつつ、ゼラチンを棚から取り出す。
アイスコーヒーに専用のシロップを加えて、混ぜ合わせる。
黒い液体の水面に、疲れた私の顔が映った。

「ブレンドコーヒー、お待たせしました」
「どもっす」

朝から爽やかな笑み。
爽やかすぎて吐き気がするのを抑えて、お盆を抱えて、踵を返す。
チーズトーストはまだ焼けないから、また来なければいけないのが苦痛だった。

どうしたって、私は黄瀬涼太と相いれない。
性格が、考えが、見た目が、環境が、違いすぎる。
一緒にいるだけで私が塵みたいに見えてくる。
ただでさえ、自分に自信なんてないのに、ちんけなその自信さえもすべて壊していく。

甘くなったコーヒーにゼラチンを入れて、よくかき混ぜる。
徐々に重くなるヘラを気だるげに持つ手は、あかぎれて汚らしい。
そんな手でつかめるものなんて、いつだって限られていた。

チン、と軽やかなトースターの音が遠くで聞こえる。
ヘラを置いて、そちらに向かう。
その最中にも、チーズのいい香りが漂っていた。
トースターを開けると、その香りがぶわっと蔓延する。
それを半分にカットして、皿に盛り付けて、彼のもとへ。

「チーズトーストお待たせしました」
「どもっす…先輩、今日何限からっすか?」
「3限だけど。1年は2限からでしょ」
「…よくご存じで」

うちの大学は、1年のうちはだいぶ多くの必修科目がある。
そのため、たいていの場合、2限は埋まっていることが多い。
1限がない日はなおさら。
彼も例外ではないようで、残念そうに肩をすくめた。

私は安堵しつつ、彼のもとを去る。
この情報を知らなければ、彼は講義をサボってでも私を待っていたかもしれない。
そう思うのは自惚れだろうか。
外れてほしい自惚れなんて嬉しくもなんともない。

カウンターに戻って、コーヒーゼリーの制作の続きを行う。
ゼラチンが溶けきったのを確認したので、あとは型にいれるだけ。
鍋からそのまま型に突っ込み、ちょっと底を叩いて空気を抜く。
あとはラップをして冷蔵庫へ。

一通りの作業を終えて、一息ついた。
お客様は彼だけ、やりづらいったらありゃしない。
仕事がなくなったら声をかけてきそうなので、何かしらしていないと。
そう思うだけで気が重い、どうして私は彼に振り回されなければいけないのか。

「名前さん先輩」
「何」
「俺のこと、嫌いっすか」
「そうだね」

私は黄瀬涼太が嫌い。
それは間違いないと思う。
平気で私は彼を傷つけるようなことを言う。

甘えだ、私は自分の弱いのを棚に上げて黄瀬君に当たっている。
それを笑って受け止めてくれる黄瀬君が私は怖い。

「そっか。それはよかったっす」
「君、マゾなの?」
「まさか!あ、でも名前さん先輩限定ならそれでも…」

よかったと、笑う黄瀬君が眩しい。
それを見るととても苦しくなる、私がどれだけ小さいかその光の下ではよく見えた。

「無関心通されるより、そうやって嫌ってくれるほうがいいっすよ」
「…そう」

無関心ではいられない。
そういられたなら、それが一番よかっただろう。
でも、そうまで私は器用じゃない、要領がよくない。

私と黄瀬君の間柄は奇妙だ。
絶対的嫌悪感を持った私と、無条件の好意を持った黄瀬君。
逃げる私と追いかける黄瀬君。
奇妙で歪んだ関係だけど、その縁を切れないのは黄瀬君だけじゃない。

コーヒーゼリーはまだ冷え切らない。





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