02.ほうき星
人は苦手。
私もそうだけど、人は皆、自分の世界を持っている。
それが自分と交わることを私は恐れていた。
自分の世界を変えられてしまうのが、否定されてしまうのが、壊されてしまうのが、私は怖かった。
だから、私は硬い殻で自分を覆って守った。
入れる人は、ごくわずか。

「ね、名前さん。名前さんに会いたいって人がいるんだけど…」
「…?」
「黄瀬涼太君って知ってる?」

そのごくわずかな友達の1人に唐突にそう言われたのは、2年の夏。
私は黄瀬涼太の名前をそこで初めて知った。
自分の世界に籠っている私は、一般的常識に疎い。
この場合の一般常識とは、教養面ではなくバラエティ的な部分の話だ。
黄瀬涼太という人はモデルで、入学当初は大学内で相当な話題になったらしい。
全く知らないと答えたら、友人にすら苦笑された。

根暗でネガティブの化身の友人は、意外と友好関係が広い。
どうやらサークルでその人に会ったらしい。
それで、なぜかよく一緒に帰っている私を紹介してほしいといってきた。

「あってみる?」
「いや…いいよ。興味ない」
「だよね」

その時は、それで話が終わった。
友人のいいところは、私の正確に理解があるところだ。
無理強いはしない、私の意見をいくでらも尊重してくれる。
自分の意見がないと自分を卑下する彼女だけど、私はそんな彼女だから好きだった。

その話をした、一週間後。
計ったように黄瀬涼太は私の前に現れた。

「あ、菜乃先輩!こんにちは!帰りっすか?」
「…黄瀬君、こんにちは。帰りだよ」

友人、菜乃と駅に向かう帰り道。
後ろから走ってきた金髪に止められた。
私は興味がなかったので、すかさずスマホを出して電車の時刻検索を始めた。
バイトの時間を考えて、電車に乗りたかった。

「名前さん先輩っすよね?はじめまして!」

やたらに元気な声が私をネット世界から引きはがした。
ニコニコと笑っている顔が眩しすぎた。
私はそれから眼をそらして、はじめまして、とだけ返した。
なぜ名前を知っているのか、謎過ぎた。

菜乃には悪いが、彼の世話は任せたい。
チャラ過ぎて私はついていけそうにない。

「菜乃、私バイトだから」
「え…うん、急ぐ?」
「うん。51分の電車乗りたいし」
「私もそれ乗る。じゃあね、黄瀬くん!」

菜乃も来るとなると、黄瀬君可哀そうだなと思った。
だけどそんなこと知らない。
その場はさようなら、を背中に受けつつ、彼から逃げた。


次に黄瀬涼太にあったのは、その1か月後。
今度はもう1人の友人を介してきた。

「ごめんね、蘭。面倒だったから連れてきちゃったよ」
「…真央」
「ごめんって」

その日は菜乃と真央と私で飲みだったのだが。
まさか黄瀬君が来るとは思っても見なかった。
菜乃も困り顔だった。

私は真央が来る前に頼んでいた梅酒をロックで煽った。
仄甘いアルコールが喉を焼いた。

「名前さん先輩って綺麗な髪してますよね」
「そう…?」
「長くて、黒いままで、綺麗だと思うっす」
「ありがと」

私は、この髪が嫌いだ。
黒くて長くて、気味が悪い。
しかし、それをそのままにしているのは、私がその黒髪に縛られているからに違いなかった。
それを綺麗という黄瀬の気持ちが、気持ち悪かった。

黄瀬君は長い長い道程を辿って、真央までたどり着いたようだった。
菜乃はサークルに参加しているが、私と真央はそういった類のことには参加していない。
黄瀬君は菜乃に構いすぎて、逃げられていたらしい。

「だって、黄瀬君、怖い…ぐいぐい来るし」
「まあ、菜乃はそうだね」

怖いと言われた黄瀬君はちょっとショックを受けたみたいだった。
誰しもが黄瀬君のファンみたいに、仲良くしたいと思っているとでも思っていたのだろうか。
だとしたら、馬鹿だ。
きっと彼は愚かしく幸せな人生を歩んできたに違いなかった。
だから、私や菜乃に嫌われる。
真央はともかくとして、私や菜乃は彼にいい印象は持たなかった。

「んで、黄瀬君はさ、アタシの元カレ伝ってまで蘭にあって、何がしたかったの?」

真央ははっきりものを言う。
乾燥無味系女子で、人のことをわかって傷つける人。
でも傷つけられるとわかっていれば、なんてことはない。

黄瀬君はそれを知らないから驚いているようだけど。
彼は少し考えて、笑った。

「名前さん先輩にお近づきになりたくて」

吐き気がするくらい幸せそうだった。
瞬時に菜乃の表情は固まり、真央はため息をついた。
私はただ無表情に、梅酒を煽っていた。

「名前さん、おかわりいる?」
「あ、うん。頼む。菜乃と真央は」
「私はいいや」
「適当に頼む…君は?」

真央は黄瀬君を見た、まだ帰らないのかって顔だった。
私も真央と同じ気持ちだ、お近づきになりたいなんて本当にやめてほしい。
私は近づかれたくなくて、逃げいているのに。
それをわかって追いかけてきているのか、否かは、いまだわからない。

「えっと、ジントニックで」

でも、この図々しさだけは評価しようか。
遠慮なく光り輝く恒星のような彼から逃げるように、私は濃いアルコールを嚥下した。
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