01.星との距離
今時珍しい髪色だと思った。

なぜか女性は大学生になった途端に、髪を染める。
そこに自分の意志はあるのかと聞きたくなるくらい、あっさり髪を染める。
黒髪が好きな俺としては、ちょっと悲しい現象だった。

だから大学内で綺麗な黒髪を見ると、どうしてもちょっと気になる。
今日、学内で見かけた黒髪の女性は本当に綺麗だった。
顔は見ていない、歩く姿を見ただけだ。
しゃんと伸ばされた背筋、モデルのように気取った雰囲気ではなくて、自然なのにとても綺麗な歩き姿だった。
隣をすれ違った時に、ドキッとした。
それくらい、綺麗だった。

「ホント、名前さん先輩って背筋綺麗っすよね」
「…あ、そう。ありがとう」

長い髪を結い上げる名前さん先輩。
上げられた白い二の腕、黒髪の房から垣間見える項。
やっぱり、名前さん先輩はどこをとっても綺麗。
世俗的なキレイとはちょっと違う、落ち着いた綺麗さ。

綺麗と何度言っても、気取ることなく、すべて受け流す。
川の流れによく似たその人を、俺は掴みあぐねている。

「あのさ、君」
「なんすか」
「邪魔だから帰ってくれる?」
「いやだな、俺、売り上げに貢献してるじゃないっすか!」
「客単価低いからね、君」

俺は一目見たときから、あの立ち姿の女性に恋をした。
名前も顔も知らないその人を見つけるのに、1年かかった。
学部も学年も違うから、出会うのは大変だった。

しかも、その人の友好関係は異常に狭く、守りが堅かった。
外堀を埋めて近づくのに半年、名前を呼べるようになって、こうして茶々を入れてもらえるようになったのがつい先週くらい。
でも、それでもまだまだ遠い。
滅多に名前なんて呼んでもらえない、いまだに君呼び。

それでも、ただ一緒にいられるだけで幸せになれる気持ちがあるってのを、俺は最近知った。

「名前さん先輩」
「何」
「コーヒーゼリー作ってください」
「作り置きでよければ出すけど」

名前さん先輩の働くバイト先にちょくちょく顔を出すようにしている。
働き者の名前さん先輩は、よくバイト先にいる。
今日は講義があったみたいで、その後にバイトに来ていた。

出勤したばかりの名前さん先輩に絡んで、困らせて。
いまだ笑いかけてくれることはないけど、これからだ。
まだまだ、名前さん先輩の外堀は埋まっていない。

「えー」
「この時間作らないから」
「いつなら作るんすか」
「朝」
「じゃあ名前さん先輩が朝勤の時に来ればいいんすね!」

そうだね、と眉根を潜めながら教えてくれた。
明日から頑張って朝早起きをしよう。
朝から名前さん先輩に会えるなんて幸せすぎる。

追いかけられることはたくさんあった。
でも、追いかけたことはない。

多くの人に言われた、女には困らないだろうと。
自分もそう思っていた、でも自分が思っていた以上に世界は難しい。
いくらでも好きになってくれる子はいるのに、好きな人は振り向いてくれない。
追いかけないと、逃げてしまう。
追いかけても、逃げてしまうその存在を俺は好きになった。
普通だ、普通すぎる恋だった。

俺はいまだ、その恋との距離を詰められない。
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