09.懐かしいひかり
私は、海辺の生まれだ。
歩いて1分もないところに海があって、静かな夜はざざん、ざざんと波の音が聞こえた。
ずっと同じテンポで聞こえ続ける波音に、私はちょっとした安堵感を覚えた。
波音は、歳を取るにつれて聞こえなくなった。

今、その波音が聞こえる。
同じテンポで、あの時と同じように。

「黄瀬君」
「…あれ、起きてたんすか?」
「さっき起きたの」

眼が覚めると、もう外は真っ暗だった。
車のエンジンの音に混ざって、ざざん、ざざんと波音が聞こえるから、まだ海際を走っているのだろう。
車の揺れと波音が連れてくる眠気を、懸命に払って口を開く。
伝えたいことがあるんだ。

「今日はありがとう」

楽しかった。
昔を思い出した、お父さんに連れられて海に来たこと。
やっぱり来る最中は寝てしまって、起きたら雄大な海が広がっていたのを思い出した。
目を開けば、海があって、大はしゃぎで砂浜に降りた。

あのころには戻れないからと、足踏みしていた私を引っ張って、あの時のように砂浜に降ろしてくれた黄瀬君には感謝している。
大人になって一歩が踏み出せなくなった私の背を押してくれた、黄瀬君に。

「どういたしまして。よかった、名前さんが喜んでくれて」
「うん、楽しかった」
「また来ましょ、ね?」

うん、と一つ頷いて、私はゆるゆると降りてくる帳に身を委ねた。


家まで送ってもらって、部屋に帰ってきて、ようやく事態を理解した。
あれ、私、黄瀬君にファーストキスとられた。

非常に自然にされたから、何の抵抗もしなかった。
というか、悪くなかった。
あまり男の人に触られるの好きじゃないのに、黄瀬君は大丈夫だった。
ってか、抱っこまでされたし。

あれ、と思い始めると止まらない。
恥ずかしさがこみあがるけど、それ以上に、しっくりきてしまった。
ドキドキはするけど、嫌じゃない。

「…うわあ」

黄瀬君は、決して私を否定しない。
帰れ、といってもいうことは聞いてくれないけど、帰れって言わないで、とは言わない。
うまくかわして、違う言い回しにする。
私が我がままを言っても、否定しない。
ただ、黄瀬君は自分のしたいように動いて、そして私も一緒に動かしてしまう。

その能力は本当にすごいと思う。
今まで、そんな人はいなかった。
というか私自身が人を寄せ付けないから、そんな人にあったことがなかった。

私はもっとちゃんと、黄瀬君に向き合うべきなんだと思う。
黄瀬君は決して悪い人ではない。
今日の一件からもわかるし、これまでの様子でもわかる。
ただちょっとチャラいだけの人だ。
嫌いじゃない、むしろ、好きかもしれない。

恋を、青春をしないでここまで来たから、いったい恋がどんなもなのかわからない。
だけど、彼の気持ちにはきちんと答えないといけないと思う。
今の自分の気持ちだけでも、彼に伝えておくべきだ。

「…メール、か。LINEか」

メールもLINEも滅多にしない。
開くのはいつぶりだろう。
迷った末に、私はメールを選んだ。
アドレスは前に勝手に登録された覚えがある。

文面を考えること、30分。
長々しいメールが出来上がった。
あとは送信するだけだ。

「…やめよ」

送る勇気はなかった。
長い文面を消して、今日はありがとう、とだけメールを送った。

そして数分もしないうちに返信が来た。
スクロールすることはないにしろ、結構長いメールには、また行きましょう!今度はどこに行きたいっすか?という旨が書かれていた。

私は出不精なので、行きたい場所というものはあまりない。
黄瀬君に任せた方が、よっぽどいい場所にいける気がした。
お任せします、と返信すると次はいつにするだとか、山にしようかだとか、体力はあるかだとかいろいろ帰ってきた。
1を3にして返してくれる黄瀬君に苦笑しつつ、メールのやり取りをした。
ちょっと楽しかった。
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