08.星の海
今度は、長く運転していた。
昼食もとらず、無意味に車を走らせる。
途中から俺もちょっとおかしくなってきて、どこまでいけるだろうとぼんやりと思って、それを実行していた。
3時間ほど走っていただろうか、気が付けば3県くらい通り過ぎていた。

海辺であることに変わりはないが、その反対側が山になったり畑になったり、住宅になったり。
それを繰り返すうちに、夕日が綺麗な時間帯になった。
遮光が射すものだからさすがの名前さん先輩も起きた。

「…ここ、どこ?」
「…えーっと、三重県っすかね」
「え?」

さすがの名前さん先輩も驚いたみたいだ。
俺も標識を見て驚いた、まさか関西近くまで来ていたとは。
三重県、と口の中で転がすみたいにもう一度呟いていた。

三重県って何がおいしいんだろうなあ、とのんきに考えている俺とは逆に、名前さん先輩はちょっと不安そうだった。
まるで冒険していたら知らない街に来てしまった子供みたいな感じだ。

「帰れる?」
「大丈夫っすよ。まだ4時前っすから。ごはんちょっと食べてすぐ帰れば、9時にはつくっすよ」

不安げにしていた名前さん先輩を安心させるように、具体的な計画を述べた。
そう、と静かにいった名前さん先輩は、そこでようやく外を見た。
夕焼けと海はいつどこで見ても、なんだか身に染みる。
ありきたりなデートコースであると思うけど、それが愛され続けるのは、やっぱりしっくりくるからなんだろう。

さわさわと吹く潮風が、名前さん先輩の黒髪を揺らした。
食い入るように、窓の淵に手を乗せて、じっと海を見ている先輩が、どんな顔をしているのか、俺にはわからない。

「降ります?」
「…ううん、いい」

名前さん先輩はちょっと迷ったようだったが、ゆるゆると首を左右に振った。
何が怖いのだろう、そのドアの鍵を開けて、一歩を踏み出すことに何の意味がある。

俺は運転席のドアの鍵を開けて、外に出た。
大きく伸びをして、胸いっぱいに潮風を吸うと、どこか懐かしいにおいがした。

そのまま、助手席のほうに回った。
名前さん先輩は相変わらず海を眺めている。
遠くに聞こえるさざ波の音に耳を傾けて、窓の淵に手を置いて。
その眼が、俺を映す。

「さ、行くッすよ。名前さん」
「…いいって」
「問答無用!」

先ほどドアのロックは解除しておいた。
ばっとドアを開けて、その拍子にバランスを崩した名前さんを抱き留めて。
ずっと座っていたせいか、どこか危なげな足元を支えるように、膝裏に手を通す。
驚いて何も言えなくなっている名前さんを抱きかかえたまま、砂浜に降りた。
砂が靴に入るのも気にせず、波打ち際まで駆ける。

もうそのまま海に入ってしまいたい衝動を、なんとか波打ち際で諌めて、立ち止まる。
名前さんを降ろして、砂浜の上でターンをして見せた。

「いやあ、まだまだ俺も行けるっすね!若い!」
「なに、いってんの。馬鹿」

呆れ顔だけど、名前さんは笑っていた。
苦笑だったけど、間違いなく笑っていた。
やっぱり連れてきてよかった、海は偉大だ。

名前さんの手を取って、波打ち際を歩いて。
名前さんが疲れたと駄々をこねたあたりで歩くのをやめた。
夕日はもう、海に半分くらい吸い込まれていた。

「あーあ、楽しかったっすね」
「…そうだね」
「楽しかった?」
「うん」

身体についた砂を払って、車に乗り込む。
きっと帰りも名前さんは寝てしまうだろう。
でも、名前さんの満足そうな声が聞けたから、それ以外は何でもいい。

来た時と同じようにシートベルトに苦戦している名前さんを手伝って、そのまま唇を重ねた。
嫌がるかなあと思ったけど、思ったよりも名前さんは嫌がらずに受け入れていた。
ちょっとだけ塩の味がした。
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