ななしさんと赤司は珍しく2人で昼食を摂っていた。
だいぶ涼しくなったにもかかわらず、ななしさんの食事量は少ないまま。
甘そうな香りを放つパンを小さくちぎって口に運ぶ。
全く量が違うのに同じ時間に食べ終わるのは、その食べ方のせいだった。
「ななしさん」
「何」
この前の、ななしさんの妹たちの言葉が赤司には信じられなかった。
目の前にいる人があと数年で死ぬといわれたところで、誰が信じるだろう。
ましてや目の前にいる人に直接言われたわけでもない。
そこまで信憑性もない言葉だ、しかし、それでもその言葉は赤司に重くのしかかっていた。
それを少しでも解消しようと、赤司はななしさんを昼食に誘ったのだ。
声をかければ、彼女は赤司のほうを見た。
間違いなく、ななしさんの黒い双眸は赤司を見ていた。
「あと数年しか生きられないと妹たちが言っていたが」
「ああ、嘘よ。そんなの。あの子たち悪戯が過ぎるの」
今度叱っておくわね、と対した驚きもなくあっさり返されてしまった。
しかし、それをあっさり信じるわけもない。
妹たちはしきりに姉は嘘つきだとそういった。
ななしさんのこの言葉が嘘かもしれない。
まだ、信じるには足りない。
質問で徐々に真相へと近づいていく。
「あの時、お前が出るに遅れたのは何故だ?」
「着替え。芙蓉にはそう伝えるようにいったのだけど、伝わってなかったのね」
そういえば、芙蓉という従者は何をしていたのか。
赤司を部屋に通してから、ななしさんが引き連れてくるまでの間、空白の時間がある。
よもや、ななしさんの着換えの手伝いなどしないだろう。
20分は長い。
ななしさんが寝ていて、それを起こして着替えるというには納得の時間ではある。
ただ、蘭を起こすのみの役割だった芙蓉が客を放っておくというのはおかしい。
腐っても##NAME2##家の従者、サボるなど言語道断だろう。
「腑に落ちないって顔」
「芙蓉は20分も何をしていた?」
「さあね」
はぐらかされた。
ななしさんは興味が薄れてきたのか、またパンをちぎりだす。
芙蓉が20分、何をしていたのか。
それがキーであるような気がしてならなかった。
ただ、それの前に他のことを聞きだした方がよさそうだと赤司は考えた。
キーに辿り着くにはまだ早い。
「妹たちに随分と嫌われていたようだが」
「長女の割に大したことないからでしょうね」
この適当さから忘れがちだが、一応ななしさんは##NAME2##家の跡継ぎだ。
女流一族である##NAME2##家では男の発言力がほぼなく、女が家を取りまとめている珍しい家だ。
その家の長女であるななしさんは、妹たちの嫉妬の対象らしかった。
「大したことない、とは」
「赤司のように立派に見えるわけでも、特出した部分があるわけでもない。何の変哲もいない女ってこと」
「それはお前のやる気の問題だろう」
確かに蘭ななしさんは成績が優秀であるというわけでも、運動ができるわけでもない。
見た目は綺麗だが、ななしさんのレベルの女は案外いる。
妹たちだってななしさんに引けず劣らずの容貌をしていた。
生まれた順番で当主が決まるという場合では、こういったことが多々起こる。
あとから生まれた兄弟たちに嫌われるという事態が。
だから、ななしさんが妹に嫌われているのは珍しいことでもなんでもない。
確かにななしさんが姉だったらイライラしそうだと赤司は考えた。
無気力な姉にいやいやでもついていかなければならないなど、迷惑なことだ。
そして、赤司は自分の言葉にはっとした。
「ななしさん、お前は何でそんなにやる気がない?やればできるだろう、お前なら」
ななしさんはパンをちぎる手を止めた。
そして面倒くさそうに校庭を眺めていた目を、こちらに向ける。
黒い瞳は穏やかに細められていた。
今まで見た笑みの中で最も美しく、静かで、春の小川の水面を思わせた。
「できるかもしれないわ。でもね、無駄なの。私、無駄は嫌い」
赤司は確信した。
嘘つきはこいつだ。