廊下に立っていたのはななしさんだった。
その隣には先ほどの従者が俯いて立っていた。
妹たちはその姿を、苦虫を噛み潰したような顔をして睨んでいた。
「ななしさん、具合は」
「もういいの。大したことないから」
「そうか、それはよかった。これ、今日配布されたプリントと、ノートの写しだ。よかったら」
「ありがとう」
赤司が立ち上がって、目的のものを渡した。
間近で見ると、ななしさんの顔色は確かによくない。
ただ咳をしているわけでもなく、声がおかしいわけでもなく、発熱をしている様子もない。
何の病気にかかったのか、赤司にはいまいちわからなかった。
ななしさんは手渡されたプリントに軽く目を通して、たいして進んでいないわね、といった。
赤司は赤くラインが引いてあるところがテストに出るところだと教えておいた。
「本当、待たせてごめんなさい」
「気にするな。明日は来られそうか?」
「ええ。行けると思う」
少し口調が違うのは、外行の様相が混じっているからか。
さすが和装業界の家の子とでもいうべきか、ななしさんの部屋着は和服だった。
濃紺の半ものに赤の帯、着流しに近い浴衣であるように見える。
その上から白の羽織を着ていて、華奢な手がその広めの袖から覗いていた。
赤司は和装のななしさんを眺めながらもテンポよく話を進めていた。
他愛もない話だ、だが少しだけ安心した。
妹たちは座ったまま、不貞腐れたようにスカーフを弄る。
まだまだ姉の悪口が言い足りないのだろう、燻るような嫉妬の表情が浮かんでいた。
汚らしいものだと、赤司は心の底で落胆した。
「ななしさんお嬢様、お体に障りますので」
「…そうね。あとは頼むわ。赤司、今日は本当にありがとう。また明日」
一頻り話をし終え、一息ついたところに割って入ったのは従者だった。
お体に障る、というより面倒事を避けたいというような様子だった。
ななしさんはその様子にため息を一つついて、挨拶だけをして踵を返した。
そのななしさんの後を、従者が追う。
あの従者は相当できないらしい。
普通は客を先に見送るべきだ。
取り残された赤司を双子がくすくすと笑う。
「あーあ、やっぱり芙蓉さんはダメね」
「赤司さん、私たちがお見送りしますわ」
赤司から言わせればこの双子も大概なのだが、それは口にしない。
双子が前を歩き、赤司はそれについていった。
玄関までの道のりはそう遠くない。
その間、赤司と双子は一言も話さなかった。
「どうもありがとう」
「いえ、いいんですの」
「またいらしてくださいませ」
あまり来たいと思う家ではなかったが、頷いておいた。
そうするだけで双子は嬉しそうに笑うのだから単純だ。
ローファーを履き終え、引き戸に手を掛けた赤司の背中に、先ほどななしさんに遮られた質問の答えが帰ってきた。
「お姉様は、あと数年も生きられませんのよ」
「お姉様は、それを隠していらっしゃるの。赤司さん、騙されてますのよ」
仲良くしたって無駄なんですのよ、と腹立たしいくらいに可憐な声でそう言われた。
背に刺さったその言葉を負ったまま、赤司は振り返ることなく##NAME2##家を去った。