06.花の一声
ぽっかりと空いた隣の席が、やたらと気になる。
赤司はちらりとそちらを見た。
誰もいない席は寂しげな雰囲気を醸し出しているものの、その周囲は何も変わらない。
ななしさん1人、クラスからいなくなっても何も変わらないのだ。

それを知って赤司は愕然とした。
ななしさんが今日いないことを気にしているのは自分だけだとすら思うほど、クラスメイトはななしさんのことを気にしていなかった。
確かに、赤司自身、誰かが休んだとしてそれを気にすることはない。
ただ、それは赤司に限った話であり、クラスメイトはそんなことはない。
他のクラスメイトが休めば、どうしたのだろうとか大丈夫だろうかとかそういった話題が上がるものだ。
それが一切ないということに、赤司は不安を感じた。
このまま、隣が空席のままになってしまうような感じがした。

否、たとえ、空席になったとしても困ることはない。
困ることが、ないのだ。
赤司はさらに不安になる、彼女がいなくなってはじめてわかった。
彼女の存在感のなさは中学時代のシックスマンによく似ていた。
そして、シックスマンよりも更に性質の悪いものであると認識した。

赤司はその時、今日ななしさんの家を訪れてみようという気になった。


テスト前であるがゆえに、部活は自粛ムードである。
無論、バスケ部も例外ではない。
そのため、いつもよりも早い下校となる。

ななしさんの家に行くと決めた赤司は、早速担任に適当な理由をつけて住所を教えてもらった。
ついでに今日配布された各授業のプリントやノートのコピーなども持ったので、理由造りは完璧である。
##NAME2##家は古くからあり、規模の大きい有名な家だ。
そのため、遊びに来ました、というようなふざけた理由では門前払いされることだろう。
赤司家の長男として、そのあたりの礼儀は弁えている。

ななしさんの家は京都の別宅と似た門扉だった。
ただその広さは比べ物にならない。
先ほどの角を曲がってから十数メートルは同じ垣根が続いていた。
中には小川が流れているのだろう、家の周りの用水路はところどころで他の水と合流をしている。

「どちらさまでしょうか」
「洛山高校の赤司征十郎といいます。##NAME2##ななしさんさんに今日の書類を渡しに来ました」
「ああ、ななしさんお嬢様の…どうぞ上がってくださいませ」

玄関についていたチャイムを鳴らすとすぐに従者であろう女が出てきた。
和装を着こなす20代ほどの女はななしさんの名前を出すと怪訝そうな顔をした。
そのあたりは二流だな、という感想を抱きながら廊下を歩く。

やはり敷地内は非常に広い。
母屋はコの字型になっており、真ん中に庭がある。
従者は応接間らしき場所に赤司を通した。
そしてお茶だけ出して、少々お待ちくださいませ、といって出ていった。

赤司はしばらく庭を眺めていた。
平安時代のような坪庭で、真ん中に池があり、そこにアーチ状の橋がかかっているのが印象的だった。
ここからは見えないが、池にはコイが泳いでいるのだろうと安易に想像できた。
橋の脇にはきれいに手入れされた松が植えられていた。
時折鹿威しの音がするほか、何も音のしない静かな家だ。

庭を見るのも飽きてきた。
もう待って何分になるだろうか、腕時計を見ると20分が経っていた。
いくらなんでも遅すぎる。

「芙蓉さん?どちらにいらっしゃるの?」
「さあ…あの方どんくさいから、お遣いにでも出て迷子になっているのじゃなあい?あらいやだわ、お客様よ。こんにちは」

足音もなく、明るい声音だけが廊下に響いてきた。
先ほどの従者よりもずっと若い女の声に、赤司は視線を廊下に向けた。

廊下に現れたのは、セーラー服を着た2人の少女。
セーラー服を見るに、清百合女学院の生徒であることが分かる。
2人の顔はよく似ていて、双子であろうこともわかった。
赤いスカーフを弄りながら彼女たちは赤司を見ていた。

「こんにちは、僕はななしさんさんの学友の赤司征十郎といいます。従者の方なら先ほど出ていかれてまだ帰っていませんよ」
「ご丁寧にありがとう。私たちはななしさんの妹ですの」
「私が千歳、こちらが八千代といいますの」

ななしさんには双子の妹がいたらしい。
あまりななしさんとは似ていない、双子は少々きつそうな釣り目をしている。
双子は自己紹介をするとさも当たり前そうに赤司の前に座った。

彼女たちは高慢そうな雰囲気を醸し出していて、面倒なことになったと赤司は感じた。
この感覚を、赤司はよく知っていた。

「芙蓉さんにも困ったものですわ…」
「赤司さんはお姉様になんの御用ですの?」

千歳は対して困った様子でもなく、頬に手を当て憂いていた。
対する八千代は赤司に興味があるのを隠すことなく、会話を試みている。
さすがの赤司も会話を無視するわけにはいかない。

従者に行ったのと同じように、ななしさんに書類を渡しに来たのだと述べた。
すると、双子は顔を見合わせる。

「でしたら私たちがお届けしますわ」
「芙蓉は帰ってきませんし、これ以上お待たせするのも忍びありません」

微笑みを湛えて、少女たちはそういう。
この辺りで赤司は気付いた、双子が姉を見る目に。

待たされている赤司を思っての言葉ではない。
体調を崩した姉をいたわっての言葉でもない。
ただそれは、拒絶を孕んだ言葉だ。
双子は姉と赤司を引き合わせようとはしていない。

「君たちはお姉さんが嫌いかな?」
「あら、鋭いのですね」
「あんな嘘つき、好きになるほうが珍しいと思います。お姉さまのご学友が訪れてきたのなんて初めてですわ」
「嘘つき?」

双子が幼いということもあり、腹を割って話すほうが手っ取り早い上に楽だと赤司は判断した。
大人相手にはこうもいかないが、子供なら問題ない。
それに双子がこういった心理戦にたけているとも思えなかった。
その点に置いては姉であるななしさんのほうが上手だとすら思う。

双子は嘘つきと口々に言い合った。
悪口とは一度言うとヒートアップしていくもので、赤司が黙っているのをいいことに双子は言いたい放題だ。

「お姉様は嘘つきの出来損ないですの」
「ですから芙蓉さんはお姉様にあなたを会わせるべきか迷っているのよ」
「出来損ないが不用意に人と触れ合うなんて、ねえ」
「出来損ないとはどういうことなのかな?」

赤司には兄弟がいない。
大人に囲まれて育ってきた赤司にとって、この双子が馬鹿にしか見えなかった。
悪口をこんなにも軽々しく言ってのける名家の子を、赤司は初めて見た。
どうやら教育に失敗しているようだ、と判断した。

その上で、この双子からいろいろ聞けるだろうと踏んだ。
口も頭も軽そうな双子だ、聞けばあっさり答えるに違いない。
優しく問いかければ、それはね、と口を開く。
ああ、本当に馬鹿だ。

「それは、お姉様が」
「お前たちは舌切り雀にでもなりたいのかしら」
「…お姉様」

嬉々とした顔で姉の不具合を話そうとする妹は、とても汚らわしく赤司の目に映った。
さして今まで兄弟姉妹が欲しいとは思ったことがなかったが、こんな妹ならいらない。
ただ、その口から発せられる言葉には興味があった。

しかしそれは遮られる、美しい静かな声によって。
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