「思ったんだけどさ、赤司ってななしさんのこと好きなの?」
葉山の唐突すぎる質問に、あたりの空気が一瞬にして凍った。
珍しくななしさんのいない昼休み。
理由としては、バスケ部のミーティングをその時間にしようとしたからだ。
その際に、ななしさんはいらない。
そのななしさんがいないのをいいことに、葉山は適当なことを言ってのけた。
葉山の隣で実渕が驚きを隠せないまま、ペットボトルの蓋を握りしめている。
当人である赤司は葉山を目の前に、少し考えていた。
「そういう風に見えるのか」
「うん」
どこをどう見ればそういう風に見えるのか、赤司には分からなかった。
ななしさんとはそこまで仲がいいわけではない。
むろん、他の女子と比べれば話す回数は多い。
しかしその話はいつでも断片的で意味はなく、有意義でもなんでもない。
昼食は共にとるが、会話をするのは主に実渕でななしさんと赤司は聞き手。
ななしさんに対して知っていることは、彼女が##NAME2##家という有名な家の長女であるということくらいだ。
「よく話してるじゃない、あなたたち」
「そうでもない」
「いやいや、そうでしょ。赤司、あなたななしさん以外のクラスメイトとほとんど話さないじゃない」
言われてみれば、ななしさん以外のクラスメイトと他愛のない話をする機会はほぼない。
話すときは用事があるときだけだ。
他愛のない話をするのはななしさんだけ、それはななしさんからすることもあれば赤司からすることもある。
その理由は分からないが、ただ席が近いからだろうと思う。
それに、ななしさんはそういうことに興味がないようにしか見えない。
というか、ななしさんに興味の対象が存在するのかも不明だ。
それくらいに彼女は無気力に日々を過ごしている。
「話すだけだ」
「ふぅん」
「…まあ、そういうことにしておいてあげる」
話はそこで終わった。
ただ、ななしさんの存在については赤司の胸の底で燻るばかりだった。
葉山がいうような存在を認知したことはない。
少なくとも赤司は恋愛をする必要性がない。
婚約者がいる以上、それは無駄な行為であると認識している。
どうせ報われないなら、手に入れられないなら、手を伸ばすなど無駄。
そんな無駄を許すほど赤司は甘くない、人にも自分にも。
対人関係に置いても必要のないものは排除してきた。
そうすべきだと思ったから、排除し続けてきた。
「赤司の通った後の道は何も残らないね」
ななしさんは赤司を目の前にそういった。
その眼は赤司の後ろを見ている。
そこにはただの体育館があるだけのはずなのに、振り向くのが非常に億劫だった。
否、怖かった。
バスケットボールがななしさんの傍まで転がっていった。
慣れない様子でそれを持ちあげ抱きかかえるななしさんは、どこか寂しそうだった。
「だから、何だ」
「何も」
対戦相手はとうの昔に帰った。
スコア表には12と144の数字がぶら下がっていた。
片付けも終わったころに、唐突にななしさんは体育館に現れた。
なぜ、彼女がここに来たのかは分からない。
ただの散歩だったのかもしれない。
いつから見ていたのだろう、試合を見ていたのだろうか。
バスケのルールも知らないななしさんが、見ていたのだろうか。
何も知らない彼女には、このバスケがどのように映ったのか。
「つまらない、何も残らない。そんなことに力を入れる必要って、ある?」
本当に不思議そうにそういった。
ななしさんは知らない、その言葉の鋭さを。