無気力なくせに、歩く姿だけは立派だ。
ななしさんとよく似た部分のある紫原とは大違いだ、と赤司は常々思っている。
しゃんと伸ばされた背は、育ちの良さを物語っている。
京都の半ものの老舗、それがななしさんの生家だ。
代々女性が当主を務めるという、昔からある家。
そこの長女がななしさんである。
その割に、ななしさんは自由である。
紫原のように、適当で無気力で、それが許されている。
その理由を赤司は知らない、知る必要もない。
「何、赤司」
「いいや…」
「何」
「姿勢がいいと思っただけだ」
じっと見ていたのが悪かったのだろう、ななしさんは怪訝そうな目をこちらに向けた。
曖昧な返事を返せば不機嫌そうにした。
その様子にぶっきらぼうに返したら、満足したのかまた前を向いた。
どんな様子であろうと、言葉さえ返せばななしさんは満足する。
ななしさんの手に持たれたプリントは、風に乗ってジタバタしている。
ついでにななしさんの髪まで暴れだしたから、彼女は不機嫌だった。
長い黒髪は、夏以外結われない。
項を晒すのがあまり好きではないらしい。
「赤司さ」
「なんだ?」
「それ重くないの?」
それ、といって視線で示されたのは赤司の腕に抱かれている大きな年表。
先ほどの授業で使ったもので、これから資料室に返却される運命のものだ。
重さでいえば、普段使っているスポーツバックと同じくらいか。
それを腕で抱えているから重くないわけではない。
だが、苦痛に感じるほどでもない。
「そこまででもないな」
その曖昧な重さを、赤司は曖昧なまま言葉にした。
たとえこれが非常に重いものであったとしても、重いと言う選択肢はない。
そんなことは自分の男としての矜持が許さなかった。
ななしさんはその答えを聞いて、そう、と答えた。
その顔は前を向いたままだった。
「僕が重いと答えたらどうするつもりだったんだ」
それはふとした疑問だった。
下らないことを聞いていたななしさんに対しての嫌がらせでもあった。
そこまで重くないとはいえ、ななしさんにとっては重いだろう。
これを持って、背筋を伸ばして歩くのは難しい。
力のないななしさんであればなおさら。
赤司が重いと答えたら、ななしさんはどうしたのか。
ななしさんはそこでようやく、赤司を見た。
真っ直ぐな黒い瞳がどこか遠くを射抜く。
「どうもしない」
すべてを諦めたような答えが返ってきた。
ななしさんにとって、この問答も何もかもがどうでもいいのだろうと、赤司は悟った。